名前をつけてください

なにもないよ

聞こえているのか、教えて欲しい

 

どこのどいつが何を言ってもどうせ無駄だろう。

お前は心の底から、自分のことがクソだと思っているのだから。

 

いい加減分かってくれ、ゴミ屑野郎。

お前が求めている答えなど俺にも、そしてお前自身にさえも分からない。

なぜならそんなものは、正確に言うと、この世の大方の人間にとって存在しない言葉だからだ。

でもそれを不幸だなんて言うんじゃない。

お前はその赤く腫れ上がった口で好き勝手お喋りしていいって、初等教育で習ったろう?

 

俺は誰がなんと言おうと最高であり続けられる。

誰が何を言っても何も変わらず、残りの少ない何かが自ずと勝手に変わっていくだけのただの炭素の塊。

自由だと。

お母さんとお父さんが昔読んでくれた絵本にも書いてあった気がした。

 

 

忘れないのだ。

誰かが俺を呼んだような、そういう味。

お前は振り向いた。

楽しいよ。楽しいはずなんだ。

 

 

 

急なスコールだ。

深夜1時の闇に俺は雨のスノーノイズを見ている。

どうせ明日は雨なんだ。だって梅雨なんだから。

仕方ないだろう?

そうやってなんだって過ぎていった。明日だってきっと大丈夫だ。

 

さっきまで綺麗な空だった。傘なんて持っていなかった。

このまま背負っているギターは濡れてしまうのだろうか。

昨日は誰かとカレーを食べた。辛いのは苦手だとそいつは言った。

一昨日は何をして何を食べたのか忘れた。

そうだ。雨に打たれたエフェクターボードは家に着いたら綺麗に拭いてやろう。

 

 

俺が幸せになったら。

その時はこのギターをへし折ってやる。

こんな声帯なんてすぐに取り除いてやる。

そんなお前になんか会いたくないから。

そんなお前の言葉なんて聞きたくもないから。

 

それはまさに脱走兵の喜びそのものではないのか。

痛みを終えた者は、痛みとはいつか終わるものだと施設で諭す。

成金は、絶望の先にこそ大きな未来があるのだとスピーカーを通して渋谷の交差点で叫ぶ。

お前は片隅では耳をふさぐ。

救いだけがそこにあって、それだけがそこにあるべきだと。

 

だけどお前はこれからもずっと幸せだけを求め続けるはずだと、背負っているギターは言う。

雨に濡れた服が肌にへばりついた時、俺は今までにそれを心配してくれた誰かがこの世界のどこかしらに存在した事実を思う。

きっとそうなんだろうな。

 

 

最近タバコを吸い始めた。コーヒーはタバコに合うのだと言う。

でも明日は絶対雨だと思いながら飲むコーヒーは、背伸びして飲んでみた今日もいつもと変わらないただの苦いコーヒーの味だった。

 

俺は家路を急がなければならない。

理由なんて特にないけれど、なんとなくギターがかわいそうだったから。

それは嘘かもしれないけれど、俺はそういうことにしておいた。

 

俺はあと少ししたら相も変わらず地面を睨み続けながらまた歩いて家に帰るだろう。

でももう少しだけ。 

あと少しだけここにいようかな。

俺はまだここにいたい。

その理由は見ないふりをして、今日の俺はとりあえずそういうことにしておいた。

 

 

 

家に着くと安物の薄っぺらいギターケースに守られた俺のギターはそれがさも当然かのような顔をしてそこに佇み、全く濡れてなどいなかったらしい。

 

「おかしな話だねえ。」

どこかの誰かが笑った。

そうだ。

その通りだね。

その通りだよ。

 

ありがとう。

 

 

 


Syrup16g/翌日