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なにもないよ

2.22.2017


2月22日、天気は晴れのち曇り。 
朝は陽射しが暖かくて気持ちがよかった。時間が経つにつれてどんどん厚くなる雲に、僕はお母さんの機嫌を思い出した。

朝から梅小路公園に行って散歩をする。
散歩をしていると隣にある京都市水族館のイルカショーの声がよく漏れてきて、僕はそのイルカショーに行って文句を言いながらすぐ帰ってやりたい気持ちになった。

平日なのにたくさんの人が芝生で遊んでいて、修学旅行かなにかの小学生は逃走中をやりたい人を募集していた。
本当は僕もその輪に混ざってワイワイしたかったのだけど、既に現実から逃走中だったので、そのまま梅を見てお昼を食べに京都駅に向かった。

いつも思うけれど、自己PRに書くべきものが見当たらない。
企業は本当にそんなものを200字で書けると思っているのか?
200字では書ききれない魅力こそが僕の強みですって書いちゃいたい。
どうですか?

大学で頑張ったこと。これも大きな問題だ。本当に何もない。
無駄な時間を極めに極めたり、嫌なことから逃避し倒したことだけは頑張った。
でもそもそも仕事は無駄な時間であり、人生自体が無駄なことの積み重ねなのだから、無駄を極めたこの僕が有能な人材であることは言うまでもない。

一回会社説明会か何かで、人材を人財と表記することをご丁寧に自慢されたことがある。
何を言っているのかよく分からなかった。
それなら全員採ればいい。財力は多い方がいいに決まっている。

ここで僕が提案したいのは、人罪についてである。
人は罪深き存在であり、必ず罪を犯すのだ。
それを如何に許していくか。それを如何に愛せるか。
その許容量こそが人間としての正常さじゃないのか?
綺麗な見せかけなんて必要ない。人材は人材であり、だからこそ採用活動が存在するのだ。
それで全てが緩和されると思わないで欲しい。
自分たち企業側の行為を純化しないで欲しい。この活動は終わっているのだから。終わっている。きちんと自覚してほしい。

晩御飯を食べながらドラマを見た。中々心苦しい回だった。夫婦って難しいんだなぁ。あそこの家族に子供が産まれたら、きっと僕みたいなものが出来上がるんだろうと思った。
スーツ姿で靴下を脱ぐクドカンに、自分の父が重なって虚しくなった。松たか子は丁寧に靴を揃えていた。
寂しい。人間は孤独が前提だ。

家に帰って友達と電話をした。
久しぶりの電話だった。懐かしかった。いつもと同じ口調だった。
話を聞いていると、いつも通り彼はとことん損をしていた。
呼吸をするように損をして、何人たりとも彼を救おうとしなかった。優しさに殺されて、優しさに裏切られている。
しかし彼は優しくせざるを得なかった。そこには彼の自由意志は存在しなかった。もうそれは習慣として、ただ無意識に彼の心に働きかけてしまう。
「ただ黙ってそこから立ち上がる」しか選択肢を与えてもらってないのに、仕方ないと割り切れる賢明さを、たとえ無理だとしてもそのフリに一生懸命徹する切なさを、一体誰が気づいてそれを評価するのだろうか?
人間は孤独が前提だ。

彼と別れた後、また別の友達から電話がかかってきた。
就活の話だった。半分寝ぼけて聞いていたので、自分が何を話したのかも忘れてしまった。
落ち着く声だった。

明日はちゃんと晴れて欲しい。それはそれは晴れて欲しい。晴れてしまったと思うくらい晴れて欲しい。
そうじゃないと世界はつまらない。