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なにもないよ

家と社会、そして御社


あまりに情けないので、僕は情けない音楽を聴くのが趣味だ。
情けない音楽はとてもいい。それを誰一人として好んで聞かないところが素晴らしい。まるで素の自分を見ているようだから。僕は本当のところ醜悪そのものだ。僕はこの不快な音楽を聴くことで僕自身を罰しているのかもしれないと思う時がある。そして僕はこの一風変わった音楽を、誰のものにもしたくない。
世の中なんかに分かられてたまるか。僕のこの辛酸を、お前らごときに分かられてたまるか。

そして僕は人とうまくやることもできないので、たまにこの楽しげな人たちと仲良く話す権利さえないように思う。そうして僕は、そういう人と距離を置きたくなる。仲がよければよいほど、僕は彼らと遠い距離にいたくなる。それは当然そうあるべきだと考えるから。
僕はいつか大きく彼らを傷つける気がする。彼らを深く失望させる気がする。本当は僕は隠れているだけだから。彼らはそれを知らないだけだ。
彼らは楽しく生きていくべきだから。僕は彼らとは違う。それは勿論悪い意味で。
見えないところ。そこに僕は立っている。そいつは勿論家の中に隠れている。部屋の中でヘッドホンをしている。或いはそいつは欠陥したモノへの深い執着の中に隠れている。飽くなき過去への憧憬の中に深く根を張っている。

情けない僕は、情けない弱音を吐きながらここから退場する。
乗っている飛行機から、この東京というメタファーに別れを告げたい。
飛行機が加速した拍子に、僕はこの物体が壁に突っ込んで粉々になればいいと思う。
離陸したその瞬間、僕は深い悲しみに暮れる。
飛んでいく。僕はここに二度と戻ってきたくない。重力が一瞬なくなり、白い雲の中へと突入していく。その時僕は、一瞬だけ夢を見る。

書きかけた文章がある。大事な人に宛てた二つの文章。一つは物語調に書いた。一つは単なる手紙。
でも、それもきっと僕の深い欠陥が生み出した恐ろしいノイズだ。僕はそれを書ききれるほどの気力がもう残っていない気がする。迷惑に思われたくない。もう僕は世の中のあらゆる全ての人に対して申し訳ないなんて思いたくない。

誰かが僕に会おうとしてくれる。別の誰かは僕に語りかけてくる。家に帰るとシーツがある。
僕は二つの狭間を行ったり来たりする。過去への埋め合わせを求める自分、現在の不明瞭な愛情を受け切ろうとする自分。
怒りに悶える自分、それを申し訳なく思う自分。
大好きだと思う自分、大嫌いだと思う自分。
死にたい自分、生きなければならないと思う自分。
死ねない自分、死にたい自分。
僕は一体なんなんだろう。

外に出ると夏の初夏の匂いがする。
特別何かいい思い出はない気がする。
でも本当はそうでもない気もする。今思い出せるのは5月の夜の匂いだ。僕は今出川のマンションの外にいる。誰かの帰りを待っている。そして今は、僕は僕の帰りを待っている。
虫の音がする。生きていかなければならない自分がいる。

街を歩けば多くの義務がある。働く義務。生きる義務。人と話す義務。嘘をつく義務。お金を生み出す義務。何かに貢献する義務。優しくする義務。常識に沿う義務。嫌われないための義務。
僕は歩かなければならない。流されて生きたくはないけれど、そのまま立ち止まるとクラクションが響く。
目の前の血を見る。目の前の肢体を見る。バラバラになる夢を見る。

僕は生きたくない生き方を歩む。
僕は生きたくない生き方を歩んできた。
僕は操作され、道具にされ、おままごとをやらされる。僕はもう何も信じない。だけど、僕は今あるものを信じたい。全ての愛情を信じることで、今ある僕を信じたい。
影が僕を追ったって、僕は僕を信じて生きていきたい。
部屋から出たい。そこに僕はいたくない。でもせめて感謝して部屋を出ていきたい。どんなものであれ、今だけを見ていたい。過去への欠落を埋めることを捨てたい。親と自分を受け入れたい。
つまり僕は僕をコントロールしたい。相反する二つの感情をもうやめてしまいたい。せめて殺せないなら、いっそ早く死んでしまいたい。

何も伝えられない。言葉が出ない。
何か伝えたい。何か一つでも分かってもらいたい。
分かろうとしてくれたら嬉しい。部屋の中で、家の中で、その深い根の中で、僕の声に耳を澄ましてくれたら僕は嬉しい。
泣きながらシーツを敷いてくれること。怒りながら笑ってくれること。怒って泣いて謝られること。二度と戻らないこと。
僕は過去へと逆走する足を止めたい。止められない。引き返す。引き返せない。引き返してはなぜか謝る。咎めては謝る。何もできない。何も言えない。何も伝えられない。全ての荷物は背負ったも同然だ。僕の人生はその延長にある。
僕にはその時権利なんて何一つなかった。家族なんておままごとだ。人間なんて全て演劇だ。社会なんて全てドラマを夢見る虚しい虚飾だ。
僕はクソだ。それをその部屋で僕はしかと理解する。僕に近づいてくる人を見れば見るほど、僕は当然のように自分のことをクソだと思う。情けない。
でも愛したい。愛さなければならない気がする。だけど愛せない。受け入れたい。だけど受け入れられない。
生きていきたいけれど、もう申し訳ないなんて微塵も思いたくない僕は、やり直すために早く死んでしまいたい。こんなところで、僕はこんな人たちと会いたくなかった。

伝えられない。だけど伝えたい。
僕がもし頭がよかったら、明るく生きていく方法を模索したかもしれない。でも僕はあまりに頭が悪い。できること、できないことの区別もつかない。
死にたいなんて、バカでも言える。
そこに虹を見るから素晴らしいのに。そのための頭だったはずなのに。
何をしてでも取り返そうとする。そして勿論それは人を傷つける。でも同様に僕も傷ついている。謝る。血が吹き出る。謝るべきは僕なのか?

伝えられない。だけどどうしても伝えたい。
誰にも話したくない。だけど伝えたい。
ももしかしたらこんなことが言いたいわけでもない気がする。
僕は全てが理解できない。
自分の甘さを、欠陥を、全てのものにあてがっているだけだ。
だから僕は、ただ虚しいだけの音楽が大好きだ。
生きることを決定しようとするこの活動で、僕はそこに過去からの連続を見出します。
僕は何よりそれが苦しくてたまらない。
嫌で嫌でたまらない。
そして自分が嫌で嫌でたまらない。