名前をつけてください

なにもないよ

ヒアリさんへのお手紙

 

拝啓  ヒアリさん

 

 

ヒアリさん、こんにちは。ゴルバチョフです。今日もまだまだ暑い日が続きそうな、強烈なお天気ですね。

ヒアリさんは暑さに強いのですか?

 

それにしても、なんで僕がゴルバチョフなのか気になりますよね。

勿論僕は具体的にはゴルバチョフではありません。そしてゴルバチョフという名前にも特別なんの意味もありません。けれど僕は僕がゴルバチョフであるような気がしてならなかったので、ここでは僕はゴルバチョフであろうと思います。

つまり僕は、できる限り直感そのものだけでこのお手紙を埋め尽くしたいと考えています。思考を通さない、ありのままの言語で。

余分な雑念なんかをここには入れたくないのです。

恣意的に言葉を操らず、ありのままを言葉にする。

本来言葉はそう形作られるべきです。

 

ヒアリさんはここ最近の日本のニュースをご覧になっているでしょうか。

みんなヒアリさんを邪魔者のように扱っています。

その猛毒な針に一度刺されると死に至る。そいつは外国からやってきたばかりで、今ならまだ一匹残さず駆逐できる。外国から日本に邪魔者が来たのだ、と。 

 

でも僕は違います。

僕は、僕ら人間もヒアリさんと同じ存在だと考えるからです。

 

木からすれば、僕ら人間だって害のある存在です。

木は人間が生まれる随分前から地球に立っていたのに、後から来た僕たちに刈られに刈られ、使いたい放題使用されています。

でも僕たちはそれを”生きるために必要なこと”という理由だけで正当化します。

 

でもヒアリさん。ヒアリさんもそうでしょう?

ヒアリさんも生きているだけですもんね。人間の手によってたまたまここ日本に連れてこられただけですもんね。ヒアリさんはヒアリさんで、船に運ばれて連れてこられたこの地で生きるために必死に子孫を残そうとあちこちで生きている。

それなのに僕ら人間はヒアリさんにスプレーを撒き散らします。ヒアリさんに刺されて殺されてしまうかもしれないから、僕たちはヒアリさんを殺そうとします。(もしかしたらスプレーなどではないかもしれませんね。でも僕はゴルバチョフなのでそういう細かいことは知りません。)

 

では木は僕たちを殺すのでしょうか。

僕たちが木を刈り、彼らを次々に殺すからといって、木は僕たちを殺すのでしょうか。

木には意思がありません。少なくとも僕たち人間はそう考えています。

今我々が行なっている行為それら全ては、単なる人間のエゴなのです。

意思を持ち、言葉を持ち、それら全てを共存という共通の目的の為に統合できる能力を持つ人間がこの世界では一番偉い。だから木も含めたこの世界全ては、他を犠牲にしてでも我々人間が生き残って維持した方がよいという歪んだエゴに他ならないなのです。

だから我々は木を刈ります。世界を維持できるのは我々人類だけだと確信しているからです。

挙げ句の果てには、それを個体保存の法則という仰々しい名前をつけて合理化します。

 

ヒアリさんは我々と違い言葉を持ちません。

「殺さないでください。私たちは生きる為にここにいます。私たちも生きるのに必死なのです。」

そんなことをヒアリさんが言えたら、もっと違った世界があったはずです。

僕はそう思います。

 

 

実は僕がこうしてヒアリさんにお手紙を書こうと思った理由が一つあります。

それは僕とヒアリさんが少し似ているところがあると思ったからです。

ヒアリさんは世界が嫌だと言いました。生きている、ただそれだけで我々ヒアリもまた自由を担保されるべきだ。我々の毒は、自分たちを認めることがない世界を滅ぼす為にある、と。

たしかにそうです。ヒアリさんにとってみれば、この世界は生きにくいだろうと思います。

ただそこにいるだけなのに、厄介者として見られること。

 

そして僕も同じようにこの世界を憎みます。それと同時に、僕は僕自身さえも憎みます。

僕はロボットになるべきだった。もしくは、僕は灰になるべきだった。この世界の成り立ちを理解できないからです。純粋な目でここを見ることはできない。感情なんて、思考なんてない方がよかった。

勿論、少なくともこの世界が正常であるならば、という忠付きです。

僕は僕の方が正しいと考える。世界は間違っています。

けれども世界は回っている。少なくとも平和に。まるで世界の欠落がここには何事もなかったかのように。

 

異常な世界で生きていく為には、異常な世界認識が必要です。もしくは、世界とはそういうものなのだと半ば諦めることも必要なのです。

今まで世界中の諦めきれなかった者たちは多くの革命を起こしてきましたが、そのどれもが最後には失敗に終わってきました。そしてそれらは大抵負の遺産、即ち多くの命を犠牲にした失敗でした。

つまり革命は、異常な世界認識を自覚した上でそのルールに従って世界のトップへと上り詰め、そこから全てを切り崩すのが正しいやり方なのです。

 

私たちは間違っている。間違いだらけの生き物です。

そして僕も、よく間違える。分かってはいるのに間違える。

世の中で生きていく為には、間違った選択を敢えてせねばならない時がたくさんあるのです。

僕はそれが悔しい。世の中に飲まれていく自分を見ている第二の自分が、ゆらゆらと世の中に飲まれていく自分を何もせずただ佇んで眺めることしかできないのが悔しくて仕方がないのです。

だから僕はヒアリさんにお手紙を書いています。

僕はヒアリさんを救いたいのです。

僕と同じような立場のヒアリさんの救済は、それは同時に僕の救済でもあるのです。

 

ここで一度僕の話をします。(ヒアリさんのお話が次のお手紙で聞けることを僕は切に願います。それこそが言葉の存在意義だからです。)

大分話は逸れますが、最後の文章こそ僕がヒアリさんに言いたい言葉です。

 

 

僕は今までの人生で誰からも好かれたことがありませんでした。

親の愛情も僕にはあまり理解できませんでした。

友達はいるけれど、それはまた愛情とはかけ離れたものです。(友情を否定するつもりではありません。それも素晴らしく尊いものです。)

僕は誰の所有物でもありませんでした。そして僕は、もう誰の所有物にもなりたくないのかもしれません。

この場所が心地いいからです。誰かのために生きることが、もうできなくなってしまいました。

一人でいることに慣れてしまって、人といる感覚が怖くなってしまいました。

人に近寄って欲しいはずなのに、近寄ってきたら避けてしまうような、そういう変な大人になりました。

 

好きだと君は言います。

会いたいと君は言います。

それは僕にとって革命に近しいものでした。初めて認められた。

でも僕はそれが辛い。

受け入れられないことが辛い。君が僕に好きだと言えば言うほど、僕はそれに嫌気が差してくるのです。

でも僕は君が離れていくのは悲しい。こんなことは初めてだったから。嬉しかった。愛情ではない、だけど凄く尊い何かが僕を捉えて離さない。

だから僕は自分が男でなければよかったのにと思います。僕が性別不明のよく分からない生物か何かだったら、こんなことにはなっていなかったのだと思います。

ただ仲が良いだけではダメなのでしょうか。

男と女は、なんで別々に別れてしまったのでしょうか。

空を飛ぶのどかな鳥のように、生暖かい夜風のように、君もそんな風に僕を思ってくれたら嬉しいです。

好きだと言われたら僕はきちんと好きだと言いたい。なぜそんな簡単なことが僕にはできないのでしょうか。

僕は、こんな風に僕を仕立て上げ、よく分からない枠組みを作り出したこの世界を潰してやりたいのです。

僕がもっと愛を理解していたら、こんなことにはならなかったのだから

好きになってくれたのだから。笑顔で受け入れてくれたのだから。

なぜそれに嫌悪する必要があるのでしょうか。

相手の自由なのに。誰の許可が必要なのでしょうか。

そしてそれを僕が受け入れなかった時、なぜ君は僕から離れていくのでしょうか。愛に認証はなくてはならない物なのでしょうか。

認証しなければ、僕に見出してくれた”何か”の価値は下がるのでしょうか。

そして僕は、初めて価値を見出してくれた人が去っていくのを悲しがる必要がどこにあるのでしょうか。

僕は自信がなさすぎる。認められることに慣れてなさすぎる。

だから、ヒアリさん。ヒアリさんも自信を持って。

自信のなさは、君の世界を壊してしまうと同時に他人の世界をも壊してしまう。

 

僕は夢を見ます。

二人でベッドに横になっている夢。

僕らの頭上には大きな銀河が広がっています。

果てしない可能性。それは良い意味だけじゃありません。悪いことだって多分に含んでいます。

自分を認めなさいとキリストは言いました。

あなたが作ったこの世界のせいで僕はこんなことになってしまったのに。

 

僕たちは、岡山港で見つかってしまう。

昨日の天気のせいで波は一段と高い。

悪く言わないで!悪く言わないでくれ!悪く言っちゃダメだ!

笑わないでくれ!僕におどけた姿をさせないでくれ!

申し訳ない。ごめんなさい。ごめんなさい。

母親に手を引かれて行くSOGOの入り口。教会のパイプオルガンが鳴り響いている。

5時のサイレン。

父親とキャッチボールをした小学校のグラウンド。どこまでも続く長い坂を僕らは自転車で駆け下りた。

その坂のずっとずっと先で君は待っている。

どこかのテーブルで、僕はその場の空気にドロドロと溶け合って間違ったことをする。

自由なんだ!僕たちは自由だ!僕たちはずっとずっと自由だ!

ごめんなさい。ごめんなさい。

本当にごめんなさい。

 

ただ好きになりました。

ただ生きていたいから生きてきました。

あなたが好きです。あなたが好きじゃなかったとしても、僕はあなたが好きです。

あなたに会いたいです。たとえあなたが僕に会いたくなくても、僕はあなたに会いたいのです。

ヒアリさん。

誰があなたに生きていて欲しくなくても、あなた自身が生きたければそれでいいはずなんです。

誰の許可もいらないのです。

 

僕はそれだけが言いたかった。少し話が滅茶苦茶になってしまったかもしれません。

でもありがとう。

ありがとう。

 

 

ゴルバチョフ(匿名希望さん)より

 

 


andymori 「シンガー」