この抒情に
強くなりたい。
そんなことは誰にだって言えた。
でもそこから発せられたそれは違った。どこがどう他と違うのか、今ここに明確な言葉を持たないことを僕は悔やむけれど、でもそれは明らかに他のものとは違った響きがした。それは切実な、ある種祈りに似た、どこかへ向けた強いメッセージだった。
「強くなりたいねん。強く生きていくねん。」
違和感のある関西弁が、その祈りの意味を大きくこだまさせた。
午前5時。
あと少しもすれば誰かが起きるだろう。網戸の音が聞こえてきて、暖かい布団に温められたその足が、この地面を確実に踏みしめるだろう。僕たちを待っている日が、そこにはきちんとあるのだ。
5月ももう終わりだった。窓の外は明るく、小鳥のさえずりが僕にははっきりと聞こえた。太陽はもう昇っていた。外の匂いはすっかり春のよそおいを消していた。
僕はひとりぼっちだった。
たばこを吸いに外に出た。いつも着けているイヤフォンは家に置いてきた。
静かだった。僕は少しだけ安心した。
空は晴れていた。鳥が空を大きく舞った。何もない朝の静けさが、僕に色々なことを考えさせた。
「動物は異常者には近づかないんだよ。ほら。尻尾を振ってる。異常な空気って動物も分かるんだよ。よしよし、いい子いい子。」
あれはいつだったけ。僕が遠いところにいることを自覚したのはいつからだっけ。
見るものも特になかった僕は、タバコの煙の行き先をただ見守った。気がつくとタバコが短くなっていた。捨てられないゴミだけが増えていった。
「タバコはやめるんだよ。」
それを言ってくれたのは誰だっけ。
大きく書かれた診断名に、当時の僕はどう思ったのだろう。
「.........生きづらいとは思いますが、自分の特徴をきちんと理解して、それに対処する術さえ身につけられればすごく楽に生きられるようになると思います。みんなとは違った物の受け取り方や物の見方をしてしまうだけですから。情動の制......社会に馴染めるような価値観を.......。そうですね、はい。あと過集中に関........ご家族や学校の方にもそういった特徴を理解し.....」
母親が泣いている。僕は申し訳なく思う。そんな僕たちを誰かが優しく諭す。
僕にはきちんと空が青く見える。晴れていたら勿論気持ちがいい。自分も、そして好きな人たちにも、みんな一様に幸せになってほしい。僕も同じく願っているのに。
空は本当は青色なんかじゃなかったのか。
僕は遠い。だからこそ、その響きに憧れる。
強く生きていこう。
午前6時。
遠くで電車の音がする。電車にはきちんと目的地がある。電車は毎日そこへ向かって走っていく。僕にも明確な目的地があればいいと思う。
朝が始まる。もうすっかり街は起きている。
多くの足が地面を鳴らしている。誰かはあくびをする。そしてやがてパンをくわえて走り出す。
僕はベッドにいる。青い空が僕を見下ろしている。小鳥が鳴いている。
寝れない夜は寝つく朝に変わっていく。色んな人がいて、色んな日々がある。
でもみんな幸せになりたいと願っている。だからこそ悩みがある。だから願う。だから変わりたいと思う。
「強く生きていくねん。」
僕はその響きに、そのアオサに、焦がれている。
お互い楽しい毎日を過ごしていこう。