名前をつけてください

なにもないよ

ロックンロールが好きだ

 

僕は19の時に、簡潔に言えば事実上実家を追い出された。

それは僕のせいでもあったし家庭のせいでもあったけれど、僕の理解では間違いなく僕のせいだ。

 

それでも母は僕のことを愛しているという。そして僕も母のことが好きだという。

僕は家庭から追われるような大馬鹿野郎だから、母の事なんてもはや好きかどうかよく分からないくせに平気な面をしてそういうことを言う。

今ではもう慣れたものだ。ロボットに感情をあてがう仕事ができるくらいに感情を生み出すことに慣れた。

ありとあらゆるものに対して、僕は求められれば全てを捨ててそこに行く。

だってもう僕は帰らなくていい人だ。

 

たまに母親は僕と会おうとする。私はあなたが心配なのだと言う。

僕は「僕が帰りたいと言うとあなたがそれを拒否して怒った日をいつまでも覚えている。」

今日は帰り際、母親が晩御飯にお寿司を買ってくれた。晩御飯を一緒に食べるのはしんどいらしい。

居場所がないことを再度自覚する。安定した場所。安定した人間関係。安定した愛情。

そうやって別れる。

 

家に帰って虚しくなってたばこを吸う。短くなったタバコの先を見て余計に虚しくなる。僕は一体いつまでこんなことを続けるのだ?

僕は不安だ。

僕に愛をくれるすべてが不安だ。

どれが本当なのか、僕にはわからない。

くれるのなら離れないで欲しい、おいていかないで。

ベッドに寝転がる。全て無駄だ。

僕はどこにいればいいのだろう?

 

さあお寿司を食べよう。

大きなラベルが貼ってある、お母さんが買ってくれたお寿司。魚屋さんの特上にぎり10貫。

僕にはそれがわからない。

 

太陽

 

僕はこれで6回死んだことになった。

それは昨日の晩、突如報告された。嫌に気怠い、暑い夏の夜だった。

それで何かが変わればと僕は思った。

それでも僕は僕のままだった。死んだ後も死ぬ前と何一つ変わらない僕のまま。

少し変わったとすれば、それは夜の時間が幾分長くなって、好きだったものがいくつか嫌いになった。ただそれだけのことだ。

諦めることにも、生き続ける苦痛に対しても、そしてそのような場所に佇む自分にも慣れてしまった。

その時点で僕が僕自身を手放すことができたなら.....と思うのだが、いくら地球がスピードをあげて回転しようとも、不恰好な僕は不恰好な僕のままだったし、依然として僕は自分のことが嫌いだった。

「何も思わないというのが一番いけないね。嫌いという感情も、その人に関心があるからこそ生まれるものなのだから。」

つまるところ、こんなモノでも僕は僕のことが可愛くて可愛くて仕方がなかった。

 

自分がこれまで5回死んでいた記憶を僕はあまり思い出せない。それにまつわる全ての事象は地球の素早い回転により盛大に振り落とされたし、僕とNASAの絶え間ない努力により世界の果てに打ち上げられた。

とりあえず今の僕には、6回目の死こそが愛おしかった。

 

6回目は常に優しく何かを僕に語りかけた。

この地球上稀に見る、僕を求めた光だった。

6回目はよく僕に「優しいまま居続けるということは...」といったような趣旨のことを話した。

6回目にとって、優しさというのは痛みそのものだったようだ。

あるものは空回りするし、誰もそれを発見してはくれない。いくら言葉を尽くしても、必ずしもそこにはたどり着けない

人間という存在が冥王星よりも遠かったという事実には僕もNASAもびっくりしたし、そしてなんだか笑えた。

痛みからしか生産できないロクでもない生き物にも。

 

寝れない日が続いた。家に帰りたくない日も続いた。

そういう日はあてもなく京都の街を歩き回り、よくバスの停留所で寝た。

公園に行けば酒を飲み、都会に出てはロクでもない連中が集まるロクでもない喫煙所でタバコを吹かした。

親に辛いと電話すれば怒られて、仕事をすればこんなクソみたいな世界に奉仕する意味を考えた。

そしてこの夜中の3時半に文字を書く意味も。

 

 

それは大きくて丸い密な心の中にすっぽり巨大な空洞ができたような、そんな気持ちだった。明らかに何かが足りないのだが、それが何であるかが全く分からない。その心のピースは一体何でできていて、そいつはどこへ行ってしまったのか。いつかは僕の元に帰ってくるモノなのか。

実際僕はその気持ちをどう扱えばいいのか分からなかったし、そこに佇み続けることがだんだん不可能になってくるくらい落ち着かなかった。

諦観に似た虚無と生への僅かな希望が複雑に絡み合うことで僕は辛うじて生きてはいたが、明らかにその現状は不快で、今の僕にはすぐにでもそれを打ち破るための自死が必要だった。宇宙が好きでたまらなかった幼少期の自分に対する、今までの人生のせめてもの贈り物。

こんな惨めな僕も、こんな有様でも、それでもまだ生きていたいと願うのか。

どうにかしなければと思ったが、それについては誰も教えてくれなかった。

無理をして大学に行っても、そこにあったのは幸せそうな爺さんが嬉しそうに無意味な数式を並べあげるだけの徒労な教育と、表現過多な生徒たちだけだった。

そんなことなら、と僕は家に帰って無意味な数式を何度も見返すのだが、結局のところ烏丸通りを縦走するはめになった。

一つではない全てが僕にとって、というよりも世界にとって、無意味だった。そして無力だった。

 

 

ある死にそうな夜に、僕は大事な僕を抱えて布団にくるまっていた。午前三時。いつもの時間だ。脇にロープを抱えていた。

誰かに頼りたかった。こんな気持ちになったのは初めてだった。

人の温もりだけを求めていた。そうすれば何かが変わると信じていた。

関係性というしがらみも、今の僕にはもう必要なかった。ただそこに僕がいることを許してくれる温かさだけを求めていた。

 

「やあ。」

タツムリは開口一番、僕にそう言った。

そして僕もいつも通りカタツムリに一粒のチョコレートを与えて

「やあ。」

と言った。

「何をそんなに悲しんでいるんだい?前にも言ったはずだよ。君は捨てられたんだ。君を作り出した家族という概念からも、そしてあらゆる気持ちとあらゆる言葉を尽くしても到達できなかった全ての物事に。

どこへ行っても同じさ。それはどこまで行っても追いかけてくる。幼い君が嫌々やらされたあの影踏みのようにね。君がどこまで行こうと、たとえ影が一瞬の間何かの物陰に同化して消えようと、そこを離れた途端にまた影は君を追いかけてくる。

もし君がそいつと離れたいのなら。それはもう君自身が消えるしかない。君という存在が、すでに影を生み出しているんだよ。

しかし、だ。それはあまりにも不健全すぎる。

だから。ここに一ついい方法がある。」

タツムリはチョコの包み紙を窓際のベッドの横にあるゴミ箱に放り投げ、ゴミ箱に弾かれたそれを睨みながら話を続けた。

「それは太陽自身を消すことだ。光がなければ、君の存在は影を作り出しはしない。光があることを知らなければいい。光など、元からここにはなかったのさ。」

僕はその鳴き声から、家の外に鈴虫がいることを確信した。

「それではあまりにも悲しすぎるだって?それにしたってわたしには今の君も充分に悲しそうに見える。そのロープはなんだ?その膨大な酒の空き瓶は?たまった灰皿のタバコは?

いいかい?もう一度言う。悲しい話だが、これは事実だ。君は全てに捨てられたんだ。」

 

 

タツムリは僕が目にするたびにきまっていつも殻を背負っていなかった。その姿はただ地面を這いずり回ることで気味悪がられるだけの何かの見世物のようだった。

僕はよくカタツムリになぜ殻を背負わないのか尋ねた。

「そんなの簡単さ。ただそれが重いからだよ。」

たしかに僕にとっても殻を背負って生きていくことは重すぎた。

そのようにして僕とカタツムリは仲良くなった。

 

来る日も来る日も、僕とカタツムリは様々な話をした。

「わたしのことはハルキと呼んでくれ。ああ、理由なんていうくだらないことは聞かないでくれよ。システムに理由なんて要らないんだ。機能しさえすればいいものに理屈をつけるだなんて馬鹿げていると思わないかい?

君がわたしのことをハルキと呼ぶ。そうすればわたしは振り向く。それだけの話さ。

作業内容さえ知っていれば、その内容の理屈を考えなくてもスムーズに事は運ぶ。いや、むしろ理屈を考えないほうがスムーズにいくかもしれない。」

「僕がNASAの手で宇宙に打ち上げられた意味も?」

「当たり前だろ?そこに意味なんてない。ただ君は打ち上げられ、世界からつまはじきにされ、そこにただ存在している。全てを分かろうとするには重力が重すぎたんだ、ここは。」

6回目は今日も元気にしているのだろうか。意味なんてないのだが、僕は僕のシステムの都合上、ふとそれが気がかりになった。

また乱暴に酒を空けた。

 

タツムリと過ごす日々に結論という概念は存在しなかった。というよりも所詮結論なんて結論以外のなにものでもなかった。

そして幸運にももし我々がその結論にたどり着いたとして、その頃にはもうとっくに夜は更けているし、もちろん僕は大いに酒を空けている。

結論を出すことになんら意味はなかった。もしあるとしたら。

それは産まれたことに対する無様な後悔を明らかにするだけだ。

つまりその行為は無駄であり、今さらの話であり、究極は何もそこから生み出せなかった。

僕らは会うたびにお互いがそこに存在していることと、そしてこの場の重力の確認をする。ただそれだけをした。

 

「機能しさえすればいい。」

僕はカタツムリが帰ったあとの重い沈黙が沈む遠い夜に、部屋に一人うずくまったままうなだれてしまった。行き場はもちろんない。捨てられたのだ。

僕の気持ちはどこへ行ったのだろうか。僕の言葉はどこに落ちているのだろうか。

「それはシステムに組み込まれたんだ。君という人生の巨大なシステムに。生きていくんだ。それこそがシステムなんだ。」

 

 

柔らかな8月の夜風が、6回目の匂いをそっと運ぶ。

間隣に僕は6回目の影を感じ、そして触れたその腕でこのまま僕を果てへと連れて行って欲しいと思った。生きていて、よかったのだ。

 

「優しいまま居続けるということは.......諦めないことよ。何も捨てないの。分かる?気持ちの問題よ。少なくとも私にとって、気持ちは命よりも尊いの。

信じるのよ。私は何一つ間違ってなんかいないって。染まっちゃダメなの。合理的だなんて嘘なんだから。嘘なのよ。それじゃあ私のこの気持ちは一体どこへ行くのよ。

優しさは、どれだけ体中から出血していても立ち続けていることなの。どんなにそれが無碍にされたって、どれだけその帰りを待っても帰ってこない日だって、私はずっとずっと待っているの。私は私が放った言葉を信じているから。

だからきっといつか。きっといつかはみんなみんな私の元に帰ってくるわ。何人もが大きく手を振って、笑顔でね。

そしたら私は頷きながら穏やかな顔でこう言うの。”おかえり。元気そうでなによりよ。”

強さなの、何ひとつ捨てないということは。だってそう思わない?

すべてを背負うには人はあまりに優しすぎたし、冷たすぎたわ。そんなものを全部背負えるのは太陽系くらいよ。だってあそこには重力がないの。おまけに真っ暗。きっと何も感じられないのよ。」

隣にいる6回目の肩が小刻みに揺れている。その揺れは僕の皮膚を通じ、そしてその中へと伝わってくる。

僕はいつまでも揺れる6回目の肩をずっと抱きしめていたかった。

 

季節は変わる。

夏が終わり、胸を焦がす秋がやって来る。

そして6回目は僕にとって忘れられない数字になる。

彼女は、この地球からは僕だけにしか見えない特別な太陽だった。

だから僕は僕を殺すことにした。 

優しさとは、あるいは気遣いとはまた別種の違ったものだからだ。

君を殺したくなかった。

しかしそれでも僕は僕の言葉を信じている。

「みんなみんな君のもとに帰ってくるよ。大丈夫。当たり前じゃないか。そんな世界は間違っているのだから。君はそのまま立ち続けるんだよ。なにがあっても立ち続けるんだ。それを支えにここで立っている人もまた、この世界には存在するのだから。」

 

 

 

 


Radiohead - Let Down

 

 

殺人

 

険しい顔の人が何名か、画面の向こう側で合図している。

それはあきらかに非日常であり、おそらく危険信号である。

そのとき僕は、この人たちの発信信号の意味を考える。その発信信号の行く先を睨んでいる。

僕が一番悲しく思うのは、遺体に囲まれたその情報を露骨に見せようとする「奴ら」そのものである。

僕はこんなにも巨大な世界が、深刻な顔をしながら「とある場所で殺人犯が大量に人を殺した。」と報道せねばならない義務について、今後何年間かかけて理解せねばならない。

そうでもしないと僕は変な人に思われてしまう。

 

僕には人々がそういった非日常的な、不快でドロドロとした報道をちょっとしたフィクションとして味わっているようにしか見えなかった。

それはついさっきこの現実世界で本当に起こった出来事なのだと僕が言うと、人々は「知っている。」と僕に説明しくれるのだろうか。そのままの、冷ややかな目つきで。

 

 

異常だよ。

世の中のほぼ全員が見も知らぬ人が、世の中のほぼ全員が見も知らぬ人を殺している。

そんなことを世間に伝えて何になり、そんなことを知ってどうなるのか。

なぜそれを見ようと思うのか。

果てはなぜその情報を見続け、何か言葉を発せられるのか。

「ご気楽なもんだ。いいよな、お前らは知らないんだから。」

 

 

現実世界では物足りなくなったインターネットも、今ではここでさえリアルに溢れてきてすっかり飽きちまったと言う。

「ディズニーランドには非日常が詰まっているだろう。健全なんて甘い言葉が嫌ならもう吐き出しちまえよ。立派な異常者だ。そんなにスリルが欲しいなら麻薬カルテルとでもつるめばいい。」

そう言って僕はパソコンをハンマーで叩き壊した。

「自分とは全く関係のない知らなくてもいい惨忍な出来事を知ろうとすることに関して、あんたらは何一つ疑問に思わないのか?」

 

僕が言いたいのは行為の善悪なんていうチャチなもんじゃない。

世界中に蔓延る悪意を伝えなければならない異常な世界と、自分たちのことを棚に上げてそれよりももっと巨大な絶対悪を伝えることが正義だと信じて疑わぬ人間の異常性。その取り巻きの顔。

考えろ。自分の手を見てみろ。

 

僕は、間違っているのか?

 

画面が何かを映し、何かを発し、そして僕は震える。

「奴ら」の発言すべてが「正常な私たち」という音だったから。

僕らは、おかしくなんかない。おかしくなんか全然ない。

だから今すぐにでも二面性や狂気だなんていう言葉を持ち出して容疑者を容疑者たらしめることをやめろ。

「そんなもの誰にだってあるだろう。すぐ側にあるんだ。よく見てみろ。あっちに行きゃすぐ獲れるんだぞ。」

行為をするかどうか、ただそれだけの違いだから。

それこそが、ただそれだけが大きな差異であって、気質としてそんなに変わらない。ただそれだけの。いや、ただそれだけだ。

 

強いフリをしている。

いつ堕ちていくかなんて誰にも分からない。

変わらない俺が、お前たちを見ているとたまにたまらなく怖くなる時があるんだよ。

 

脅えている。

自分ももしかしたらああなってしまう可能性があることに。

その可能性から、自分に疑いの目を向けざるを得ない悲しさに。

そして何一つ疑うこともなく、狂気を狂気だと言って非難できる人間の強さに。

僕は、言い切れない。

弱いんだよ。

 

 

しばらくすると玄関から音がして、笑顔のお前が帰ってきた。

「ごめん、今戻ってきたよ。ありがとう、用意してくれてたんだね。うれしいな。」

お前は鼻唄を歌いながらサラダを取り分ける。

俺はそれを黙って見ている。

「なぁ、俺ってやっぱり怖くないか? 」

 

世の中の知らないほうがいいこと。

多分それは知らなくてもいい。

だって知らないほうがいいんだから。

悲しい出来事。

それを知る意味が僕にはまったく理解できない。

 

だからお前だけには何も分かっていないような顔をして言って欲しい。

「こんなにも大勢の弱い者を殺すなんて人として最低だ。同じ人間とは思えない。」

と。

大きな声で。俺に憤って。

大いに俺は喜ぶよ。

僕はきっと、仕方がない。

だからずっと。

これからもずっとだ。

 

笑ってなんかないし何もおかしくなんかないよ。

流れているくだらない恋愛ドラマも、愛し合うことでしか曲を作れないバンドの歌も、今なら、心から、許せるよ。

「私は無縁よ。あなたは本当にどうかしている。」

 

俺は羨む。

何の疑いもなく自分が安全な人間だと言い切れること。

 

僕は銃口を向けた。

「なぁ、嘘だと言ってくれないか。」

通り過ぎていく風は冷たい。そこにある音はきっと何もない。

僕は残り香だけは離さないと、そう誓ったのだ。

 

 


Syrup16g - 明日を落としても

 

 

聞こえているのか、教えて欲しい

 

どこのどいつが何を言ってもどうせ無駄だろう。

お前は心の底から、自分のことがクソだと思っているのだから。

 

いい加減分かってくれ、ゴミ屑野郎。

お前が求めている答えなど俺にも、そしてお前自身にさえも分からない。

なぜならそんなものは、正確に言うと、この世の大方の人間にとって存在しない言葉だからだ。

でもそれを不幸だなんて言うんじゃない。

お前はその赤く腫れ上がった口で好き勝手お喋りしていいって、初等教育で習ったろう?

 

俺は誰がなんと言おうと最高であり続けられる。

誰が何を言っても何も変わらず、残りの少ない何かが自ずと勝手に変わっていくだけのただの炭素の塊。

自由だと。

お母さんとお父さんが昔読んでくれた絵本にも書いてあった気がした。

 

 

忘れないのだ。

誰かが俺を呼んだような、そういう味。

お前は振り向いた。

楽しいよ。楽しいはずなんだ。

 

 

 

急なスコールだ。

深夜1時の闇に俺は雨のスノーノイズを見ている。

どうせ明日は雨なんだ。だって梅雨なんだから。

仕方ないだろう?

そうやってなんだって過ぎていった。明日だってきっと大丈夫だ。

 

さっきまで綺麗な空だった。傘なんて持っていなかった。

このまま背負っているギターは濡れてしまうのだろうか。

昨日は誰かとカレーを食べた。辛いのは苦手だとそいつは言った。

一昨日は何をして何を食べたのか忘れた。

そうだ。雨に打たれたエフェクターボードは家に着いたら綺麗に拭いてやろう。

 

 

俺が幸せになったら。

その時はこのギターをへし折ってやる。

こんな声帯なんてすぐに取り除いてやる。

そんなお前になんか会いたくないから。

そんなお前の言葉なんて聞きたくもないから。

 

それはまさに脱走兵の喜びそのものではないのか。

痛みを終えた者は、痛みとはいつか終わるものだと施設で諭す。

成金は、絶望の先にこそ大きな未来があるのだとスピーカーを通して渋谷の交差点で叫ぶ。

お前は片隅では耳をふさぐ。

救いだけがそこにあって、それだけがそこにあるべきだと。

 

だけどお前はこれからもずっと幸せだけを求め続けるはずだと、背負っているギターは言う。

雨に濡れた服が肌にへばりついた時、俺は今までにそれを心配してくれた誰かがこの世界のどこかしらに存在した事実を思う。

きっとそうなんだろうな。

 

 

最近タバコを吸い始めた。コーヒーはタバコに合うのだと言う。

でも明日は絶対雨だと思いながら飲むコーヒーは、背伸びして飲んでみた今日もいつもと変わらないただの苦いコーヒーの味だった。

 

俺は家路を急がなければならない。

理由なんて特にないけれど、なんとなくギターがかわいそうだったから。

それは嘘かもしれないけれど、俺はそういうことにしておいた。

 

俺はあと少ししたら相も変わらず地面を睨み続けながらまた歩いて家に帰るだろう。

でももう少しだけ。 

あと少しだけここにいようかな。

俺はまだここにいたい。

その理由は見ないふりをして、今日の俺はとりあえずそういうことにしておいた。

 

 

 

家に着くと安物の薄っぺらいギターケースに守られた俺のギターはそれがさも当然かのような顔をしてそこに佇み、全く濡れてなどいなかったらしい。

 

「おかしな話だねえ。」

どこかの誰かが笑った。

そうだ。

その通りだね。

その通りだよ。

 

ありがとう。

 

 

 


Syrup16g/翌日

 

 

 

 

 

 

三山木

 

いつの間にか夜になってしまった。

疲れのせいからか夕方に寝てしまった。

雨が降っていた。

胸に何かつっかかたような、人に伝えるとしたらそれはおそらく悲しい気持ちが心の一面を覆っていた。

 

外はすっかり夏の夜の匂いだった。

めまいがした。

僕はこれまで何人もの人にこの匂いがいかにいい匂いであるかを伝えてきた。

でもどうやら彼らにとって僕の話す言語は見聞きしたことのない他国の言語のようだった。彼らは一様に僕にそのことが理解できない旨を伝えてくれた。

 

 

今日も深夜のコンビニは来ないかもしれない誰かのために開いている。

店員はおつりを渡して深々とお辞儀をした。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。」 

そして僕は「ありがとうございます。」と言う。 

 

でも僕もこの人もみんな、ありがとうございますなんて微塵も思っていない。

この店員はただこのコンビニのオーナーに雇われて働いているだけなので、ここの売上とは無関係に収入が入ってくる。

 

客が来ないほうが楽にお金が入るのでお前には二度と来てほしくない。

 

なあ、そうだろう?そう言ってみろよ。

ありがたい客がくるおかげで打ちたくないレジを打って、言いたくない言葉を発し、面倒くさい品出しをしている。

 

 

どうやらこの世界の全ては誰かの取り決めによって定められたある規則に従って動いているようだ。

これが社会というものらしい。

俺はそれを義務教育で教わった。そしておそらくあの店員も気持ちの悪い教師に偉そうに教えられたのだろう。

俺たちはそれをしないと怖い誰かに怒られてしまうので、弱っちいやつらは仕方なくそれをやり続けている。

でも50年後には俺だけしかしていないかもしれない。

 

 

誰かが言った。

「お前、気持ち悪いんだよな。」

 

ねえ、なんで先生。

人間にはこころがあるって、そう言ってたじゃないですか。

 

みんなの笑い声が聞こえてきて、俺は家のディレイを踏み忘れたことを思い出す。

俺は今日も傷ついて、そして一刻も早くこの世界からいなくなりたいのです。

 

 

 

 

「思ってもいないことを言うね、君は。」

そう言われて俺はケラケラと笑った。

少し頭がぐらついている。こないだ失敗したデートの話をしている。

きっと誰にも分からない。

分かってくれなんて言わない。

でもせめて、少しだけでいい。分かろうとして欲しい。

 

俺は心から、分かりたいと思っているよ。

伝わってるか。

 

 

「最近風が強いよね。嫌になっちゃう。」

かわいいあの子の顔が揺れている。残像がぼやける。何も言ってくれなかったな。

世界が音をたてて歪む。

そのまま大好きな煙に巻かれていく。

 

 

気づいたら俺はめまいで潰れていた。

おもむろに起き上がる。

名前を呼ばれた。

ゆっくりと視線をあげる。

その先にヤツが待っている。

「おはよう。大丈夫?   そろそろ行く?」 

 

鮮やかな朝焼けだった。

 

 

 

カーキ色は風がどこかへ連れ去ってしまった。どうやったら会えるんだろうか。

憧れた空を飛ぶことは、それは素敵なことだと俺は決して言えなかった。

 

彼女はポップスを抱いて寝てしまった。

俺はG#マイナーセブンスコードが好きだった。

彼女は野球が好きだった。

俺は野球を知らなかった。

 

ただそれだけのことだった。

 

 

カラスは通りを歩く人を見ながらいかにしてゴミを奪うかを考えている。

 

 

烏丸御池の交差点が好きだ。

アスファルトは何もなかったような顔をして、だけどいつかの雨に濡れている。

ニュースは毎日誰かの死を告げる。空は曇天を地面に押しつけている。

俺には分かる。円山公園ではきっとどこかで一輪の花が泣いている。

 

何気ない事。朝に飲んだコーンスープ。

やつらが好きなジュースは味気ないカルピス。大事そうにいつも持っていた。

誰も知らない火事。いつまで寝てんだ、ジョンレノン。

 

 

好きだった。

確かに、好きだった。

人を小ばかにしたようなテレキャスター

仕方ないねとつぶやいて、笑顔でゴミをつまんだお前はどこへ向かうのだろう。

 

俺は歩く。殺したいくらい嫌いだけど、死ぬほど守ってやりたい俺の方。

 

 

お父さん、今日は家に入れてくれるかな。

「お前のそれは文学でもなんでもない。」

世間が笑っている。

カーキもきっと、誰かと笑っている。

嫌わないでね。 

 

 

校正なんてしない。

俺の22年間。

愛着に埋もれた22年間。

指を指された顔。どこかで誰かが笑っていると怯えている。

笑顔。未亡人が褒めてくれたのさ。

もっとくれよ。

ずっと欲しかった。 

そのままの、愛。 

 

母さんは死にたいと言う。

首を振る。

「みんなもうあなたが怖いのよ。」

悲しい顔をしながら手を振っている。

夕方。

誰かが誰かを傷つける。

振り向いてもまだそこに在る。

うつむきがちの長岡京

 一人で出てきた東京。

電話先で聞こえる悲鳴。

涙。

俺はどこかに。

どこかに行きたいです。

 

  

 

 

青い警官は僕の目をじっと見ている。

僕はこの時、目の前にいるこの警官が自分が生涯でかかわってきた誰よりも僕のことを公平に見てくれているような気がした。

 

「これは本当に...君がやったのかね?」

  

僕は黙ったまままっすぐ警官を見た。

言うべきことは何もない。おしまいだ。

これは僕が望んでしたことだ。

これだけが生涯で唯一の僕の責任だ。

喜んで受け入れよう。

 

僕はついに正式にみんなと同じではなくなる。

もう普通の扱いを誰にも求めなくていい。

犯罪者という肩書。

 

俺はやっと、本物の自由を得る。

みんなは楽しそうに歌を歌う。 

 

 

 


くるり - 言葉はさんかく こころは四角 オーケストラVer.

 

 

去らばこれにて

 

僕はその時「恋空」を読んでいた。

慶介という男が既婚女性である帆波に恋をするのだが、夜を共にした次の日から帆波と連絡がつかなくなり、帆波への思いが日に日に強くなった慶介は日を追うごとに外に出なくなり、お風呂に入らなくなり、ご飯を食べなくなり、そして最終的にはベッドで仰向けになったまま動かなくなって、そのまま死んでしまう話だ。

 

その日はとてもいい天気だった。

僕は近所の公園のベンチに座っていた。

遠くで一人の子供が滑り台の方へ駆けていった。それを母親がちんたらと追いかけている。

公園の木々はすっかり散っていて、もう秋も終わろうとしていた。

寒いというより皮膚が痛い季節だ。

そんな季節に僕はずっと好きだった女の子にフラれた。

 

この季節になるとみんな人肌恋しいと言いはじめる。言い始めるのだ。

僕は街中のイルミネーションが綺麗だと思う。そこにあるむき出しの意思がはっきりと感じ取れる。もちろん、そこに悪意などない。

すべて計算しつくされた都会の風貌はそんなみんなにお似合いだ。

「どうやら人肌が恋しいらしい。」

僕はそっと呟いた。僕とは関係のない第三者の噂のような響きだった。それだけが僕がまともであると言える唯一の証拠だった。

奴らとは違うんだ。君は見誤っているよ。

ふと横を見ると猫がニャアと鳴いた。遠くにいた子供と母親はまだ笑顔で遊んでいた。

 

その日僕は夢を見る。

僕は長い廊下を歩いていた。ずっと続く一本の長い廊下だった。その道を遮るものはなにもなかった。

辺りは真っ暗だった。廊下だけに光が当たっており、廊下の道以外のものがなにも見えなかった。ひとたび廊下の道から逸れると、その闇に吸い込まれるのではないかと思うような、そんな景色だった。

僕はその廊下をずっと歩いている。音も匂いも何もない無機質な空間をひたすらに。

別に立ち止まればいいじゃないかと夢を見ている僕は思った。しかしそこにいるもう一人の僕は足の運びを緩めもしなかった。黙々と、ひたむきに、歩みを続けている。

しばらくしてその廊下の先に、僕がずいぶん幼かった頃に晩御飯を食べている僕を母親が笑顔でじっと見つめている姿が映し出された。

それでもそこにいる僕は歩みを止めない。遠くを見て手足を規則正しく動かしている。

続いて廊下の先には小学校の校庭で父親とサッカーをしている僕の姿が映し出された。

徐々に廊下の周りが明るくなってくる。しかしまだ僕はまっすぐ水平線をめがけて歩いている。

次に女の顔が映し出された。顔に靄がかかっていてはっきりと視認することができない。どんなに目を凝らしてもその人が誰だか分からない。はっきり見たいと僕は思った。

すると突然自分を罵倒する言葉が聞こえてきた。その声はどんどん音量を増し、次第に何重にも重なり、ノイズへと変わっていった。

それでも僕は目を見開き、背筋を伸ばし、水平線をめがけて歩いている。

しばらくして廊下の先に黒い塊があると思うと、そこから大量のカラスが自分をめがけて飛んできた。恐ろしい速さだった。

廊下の周りはどんどん明るくなっていく。しかし視界は明るさを感知しているだけでその画面は目の前の大量のカラスでいっぱいだ。

それでも僕はそのまま背筋を伸ばしてまっすぐ歩いている。唯一変わっているのはその歩く速さだ。加速する。カラスの群れへと自らまっすぐ歩いていく。

俺が負けるわけがない。

 

やがて視界は光そのものになった。窓から大量の夕日が差し込んでいる。

カラスは鳴き、六帖一間のアパートが赤く染まる。

時計を見る。17時37分。

近所の公園から母親が帰りを促す声が聞こえた。

僕はそっとズボンを下ろした。あの子に会いたくなった。

あの子に会いに行こう。あの子のときめきを。

 

 

 

巷ではトニーという紙芝居師が流行っている。

「ワロタンゴwww」というギャグと優しそうなルックスが相まって女子高生の間で人気の紙芝居師だ。いまや老若男女問わず大人気で、毎日テレビにひっぱりだこ。抱かれたいB型芸能人ランキング第4位の実力派芸能人である。

 

そのとき有紗は大歓声の真っただ中にいた。

彼女の目線のはるか先にはうっすらと小さくトニーがいる。

今日は賀茂川南高校の文化祭。ゲストとしてトニーが来る日だった。

学校中が沸いていた。

人ひとりでこんなに騒げるなんてどれだけ幸福な人生を送ってきたんだろうと有紗は思った。隣を見るとたくみがポケットに手を突っ込んでボーッと佇んでいる。

同じことを思っているといいなと有紗は思った。

 

 

壁は考える生き物である。それは世の定説であり、猫と等しく犬より尊い。14歳より甘酸っぱく、2日目のカレーに残っているジャガイモの破片より脆い。

壁は友達が多い。なぜなら彼はおおらかだからである。床に言わせれば手でペタペタ触られるくらいならそうなるのは当然の仕上がりらしい。

そんな床だが、彼はある女子校生に恋をしたようだった。壁はその話を昨晩5時間も聞かされたのだから、彼が2回あくびをした後に3回くしゃみをするのも納得できる話である。

 

今朝、床は50歳手前のおばちゃん3名に体を丁寧にモップで拭かれていた。

いつものことだ。何か行事があると必ず床はお風呂に入れさせられる。彼はそのとききまって泣いている。

繊細な男だ。とても人間らしい、泥臭い男だった。

なぜ彼を人間にしなかったのか、壁は甚だ疑問に思うことがあった。 

 

「俺はな、世界を変えるんだ。」

床はうつむきながら悲しげにそう言った。

「もう踏まれたくないんだ。誰にだって踏まれたくない。」

語尾に冷たい空気を感じた。

壁は返答に困った。世界中でなにより悲しいのは、大好きな人が困っていることに対してなんの手も差し伸べてやれないことだ。そう、彼は踏まれることのない”壁”なのである。

 「だれがこんなに踏まれてるやつを好きになる?俺なら少なくてもならないね。そういうやつと一緒にいると自分の価値まで下がっちまうからな。何が悲しいって、そうさ、柚香さんにまで踏まれることだよ。好きな女性にまで踏まれちまう。みんな当たり前かのように俺を踏むんだ。それなら俺だって当たり前かのようにひとりひとりマントルに落としてやろうか。」

壁は必死に頭を回して、適当な言葉を探っている。

 

「でも床くん。君がいないとみんな地下へ落ちて行ってしまう。」

うまいことはやはり言えなかった。

「俺の重要性に気づかないバカは落ちてしまえばいいんだ。そのとき革命は起こる。ああ、床ってあったなぁって。逆に言えばだよ、そこまでしないとわからないんだ。誰も意識もしない。”きっと見てくれてる人がいるよ”って言えるのは認められたことがあるからだ。そしてそいつらに輝くなにかがあるからだ。みんなみんな、すべてが終わった後に言いやがるんだ。ああいういうことを宣うやつらはそのときの苦しんだ痛みや葛藤を度外視して、認められたという結果でラリッてやがる。その言葉を放ったあとも、そのことを言えた快感でアヘ顔だよ。狂ってる。いいかい、壁。響きがよく聞こえる言葉は大体言葉遊びなんだ。どれだけうまいことが言えるかを競っているんだよ。それに意味を持たせられたとしても、真実は含まれない。文法的に正しいだけだ。床として存在している、みんなの当たり前になった俺はどんなことがあっても消えることでしか気づいてもらえないんだよ。」

壁はついに黙ってしまった。僕らは、モノだからだ。立ち止まることすらできない。

そこにありつづけるモノだ。

 

「グッ。」

床が声を上げた。大量の生徒が群れをなしてこちらにやってきた。壁は黙ってそれを見ていることしかできない。これもいつものことだ。

助けてやりたいと思う。しかし僕らはそこにありつづけるモノだ。一個の独立した存在だ。悲しい話だが、それをカルマとして背負って生きていくことしか僕たちにはできない。

少なくとも壁はそう考えていた。

でもきっと床はそこにすら疑問を感じて生きているのだろう。

生きづらいと思う。けれど、だから、壁は床が好きだった。

 

トニーはその30分後にその場へやってきた。白のジーンズに白のシャツ、それにピンク色の蝶ネクタイをつけて、脇に赤色のフリップを抱えている。

床は多くの生徒とトニーに踏まれ、もちろん、柚香にも踏まれている。

目を閉じている。口をつぐんでいる。表情が一つも動かない。

壁もそっと目を閉じる。この地獄が早く終わるように。祈る。祈るのだ。

 

5時のサイレンが鳴った。トニーの学園祭ライブが始まった。

床はあれからずっと目を閉じている。身動きひとつしないまま。

窓から差し込む夕日がその会場を赤く照らす。

壁も赤い。

床は人々の黒い影を映し出す。

 

僕らは物質だ。

そこにあり続けた日からどれだけ頑張っても、僕らは僕らのままだった。それは理解するというより、理解させられるという表現が適格だった。受け入れるより他に術がなかった。

誰にも意識されず、そこにあるモノとして、求められているものを求められている通りにこなす。

どんなに辛かろうとそれが変えられぬものだったから、僕らはその枠の中で精いっぱい生きるしかなかった。その範囲のなかでできる工夫を僕らなりに模索して。

 

トニーの紙芝居は大勢の笑いをかっさらっていた。

昔、床はよく言っていた。

「なんでこんなに悲しいのだろう。」

 

悪いのは誰だ。悪いのは誰だ。

 

そして紙芝居の紙は話すだろう。

「悪いのはお前だ。」

やがて口は話すだろう。

「悪いのはお前だ。」

17時37分。

思想が世界を変えるだろう。

 

次第に時空が廻りはじめる。トニーの声は歪み、紙芝居の絵は歪曲する。

天地が逆転し、風景の左右も逆転する。生徒の位相が入り乱れ、すべてのモノが細かくミクロ単位で切り刻まれていく。異様な音がする。異様な臭いがする。

 

そんな光景の中で、壁はもはや何も感じなかった。終わりがくることに安堵すらしていた。

床はうつむいたまま肩を震わせていた。

ミクロの塊が奈落の底へと落ちてようとしている。轟音がする。

 

そして床は走り出した。壁は呆気にとられて動けなかった。

「世界を変えたぜ。」

ミクロの口がパクパクと動いていた。

 

床は一塊の黒になる。そこに柚香がいればいいと思う。

時間は待ってはくれない。言葉遊びなんかじゃない。

 

黒は落ちる。そしてそれは世界中に響く。

「覚えとけよ。」

 

 

 


King Crimson - Fallen Angel - YouTube

蛙の子は変えられる

 

尾野真千子が結婚していたらしい。

朝起きてテレビをつけるとみんなが騒いでいる。

世の中、情報はいつも突然だ。

朝寝て起きると好きだった女優がセックスしていたりする。

 

僕は急にほっしゃんが心配になった。

彼は今元気だろうか。うまく笑えているのか。結婚式には呼ばれたのか。

 

でもそんなの簡単だ。

きっと呼ばれてない。昔の男なんてもはや他人なんだから。

 

名前も知らないタレントたちがシナリオどおり騒いでいる。僕だけが、きっと日本でただ一人、ほっしゃんを心配している。

朝の情報番組は大嫌いだ。

 

 

f:id:oppabuking:20150729012337j:plain

 

 

 

そして僕は身支度をしに洗面台に行く。ラジオをつける。

有吉が広瀬すずの真似をしている。

 

ん?広瀬すず

 

すると僕はなんだか広瀬アリスが心配になってくる。

きっと妹のほうが人気があること、ちょっとは気づいているんだろうな。

一体それはどんな気持ちなんだ。

 

でも僕にはそれがわかる気がする。いや、痛いくらいわかる。

嫉妬に関してはピカイチの理解力があると自負している。

 

 

f:id:oppabuking:20150729011751j:plain

 

 

 

 

そんな僕には彼女がいない。きっと心配する人がいないからいろんなことを考えてしまうのだ。めちゃくちゃいい男なのにな。

 

 

よく僕は「彼女ができたら彼女のことをめちゃくちゃ大事にしそうだ。浮気とかしなさそう。」と言われる。

でも僕はこの発言にめちゃくちゃ怒っている。

「お前は浮気ができないくらいモテない人間だし、彼女を大事にしないと後々大変だもんな。」と言われているようだ。

 

少なくとも俺はお前のことなんか大事にしないでおこうと思った。

 

 

f:id:oppabuking:20150729011956j:plain

 

 

 

 

 

話は変わって、誰にでもよくある話だが僕の父親はとても厳しい人だった。

特にお金には本当にうるさくて、一切自分のためにお金を使う人ではなかった。大好きな本もめったに買わず、ワイシャツもジャスコの安物を使う。背広ももういい歳なのに2万くらいの安物を使うような人だった。

そんな父親の高いものを買ったときの口癖は「大丈夫かな?」

 

そんな父親だったから、僕は昔から父親が大嫌いだった。取っ組み合いの喧嘩なんてしたこともあった。

 

でも浪人時代を父親の元で過ごして多少は父親のことが分かった。(つもりでいる。)

特に大学に入って一人暮らしをしてからは父親(母親も)が昔言っていたことがよくわかるようになった。それもまた愛情だったんだね。

 

 

そんな父親が最近8万円のサイレントギターを買ったらしい。

僕はそれを電話越しで聞いてとても嬉しくなった。電話からも父親が喜んでいるのが伝わる。後ろでギターを鳴らしたりする。

あの父親が嬉しそうに買ったものの話をしているのだ。

 

父親はもともとロックが大好きで、帰省した際に僕がギターを弾いているといつも興味深げにそれを覗いてきた。

一緒に楽器店に行ったこともあって、父親は「いいなあ」と言いながらアコギコーナーをさまよっていた。

 

そういうのを知っていたから、電話で知らせを聞いてあまりに嬉しくて僕は「いいじゃん!」を連呼する。そんな僕に父親は照れながら笑う。

言った通り、俺は本当にここ一週間で一番うれしかったんだぜ。

 

  

でも小さい頃からこんな関係がよかったなと思う。

あんなこと言われてもあんな歳でわかるわけねぇよ。

 

本当に不器用な人だから、と母は言う。

そんなことを思い出して僕はまた笑う。

 

 

思えば僕は父親に父親が喜んでいることが嬉しいんだと素直に伝えられたことが嬉しかったんだと思う。

 

やっと大人の入り口に立った気がする。

俺、今度オヤジって呼んでみようかな。

 

 

 

 


真空ホロウ - 被害妄想と自己暗示による不快感 - YouTube