名前をつけてください

なにもないよ


電車に乗っている。僕の視線の先にある鏡が、眼前の乗客の頭上を超えたところにある一部分で、僕の姿を、僕の顔を、僕の目を、僕の鼻を、映している。

それに僕は安堵する。

僕が僕であることに、そして僕が僕の味方であることに、僕は大きく安堵する。僕の心は、きちんと僕の体と存在しているのだ。

電車は必ずどこかへと向かっている。僕はどこかにずっと立ち止まっている。乗客は、みんなは、もっと、もっともっとちゃんとしている気がするんだ。

「あなたに出会えよかった。」

乗客が、なんだか僕のことを見ている気がする。

電車の音が異様に大きく聞こえる。

僕は誰かに見張られている気がする。

僕は誰かに笑われている気がする。

「なんでみんなと同じことができないの。」

幼稚園の先生は僕と同じ目線になるように、少し屈んでそう言った。

「あなたが大好きよ。」

晴れやかな家族。

僕はもう何も信用できない。

僕はもう何も信用するまい。



人に笑われることが多い人生を送ってきた。

楽しいという気持ちは、楽しいと思わなければならない義務の過程で生じる気持ちであるように思える。

それでも僕は、たくさんみんなと笑った。

でも笑わなければならないから笑うのであって、僕は自分が一体どこに面白さを見出して笑っているのか、根本的なところを探しても全く見つからなかった。

僕はそれを人生だと諦めた。笑うから楽しいのだ。

でもあなたは、それを病気と呼んだ。

病気。

何にもなれないお馬鹿さん。

みんなの笑い声が、罵声とともに耳元で徐々に大きくなっていく。そしてそれは、大人になると言葉尻や表情に取って代わって、僕をどんどんと貶めていく。

僕は笑う。

そして僕は、どんどんと裏切られていく。

僕は笑う。

虐げられていく。

貶められていく。

いつも変わらずに、昔の姿のまま、僕は手のひらで転がされている。


ああ、大人になった。なんだか言えないことの方が増えていった。恋人よ。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音



家の近くで火事があった。発火の原因は分からないらしい。

人々が咳き込む音が聞こえる。

「あなたが一体何を考えているのか、私には分からないわ。」

だから僕は火事の現場まで歩いてみた。

遠くの遠くの景色が見てみたくて、僕は少し歩いてみた。

サイレンの音が次から次へと聞こえるその場所へ。

煙が上がっているその場所に。

僕はどこまでも自由になりたかった。

周りを覆う一酸化炭素が、僕の体から力を抜いていく。

引き留める声が聞こえる。

自由になる。

引き留める声が聞こえる。

体の力が抜けていく。

自由になる。"あなたの文章は意味がわからない。"



楽しくないことは罪なことだとあなたは言った。だから僕は職を辞めた。

それでも生きていいとあなたは言うから、僕は生きることにした。

僕を救うのは、友達でも、家族でも、恋人でもなく、芸術そのものだ。

悲しい時に走る筆だけを、悔しい時に鳴る音だけを、僕は信用する。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

楽しくないことは罪なことだ。神様、楽しくないことは罪なことだ。

だから僕は手放す。

だから僕は自由になる。

さようなら。さようなら。

「あなたの文章は」

さようなら。さようなら。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音


ああ神様。

神様。

悪い冗談に意味はないわ。私の文章みたい。

笑って。もっと話しかけて。

神様。神様。



そこに

 

原因の分からない、何かの病に罹ってしまった。

2ヶ月前からあまり食欲が湧かず、呼吸をするのもしんどくて、たまに目眩が襲うようにもなった。そして先日、ついに何も食べていないのにもどすようになった。

だから僕はここ2ヶ月を、何かの作業に追われているか、はたまたベッドで一日中横たわっているかのどちらかをして過ごした。

生きていく為に必要な作業と、その英気を養うための時間。

結局僕は、生きていく為に生きていた。

 

 

時が過ぎるのは早かった。

ずっと繋がっていた彼との電話は切れてしまった。

いつまでたっても僕は、自分一人で自分を肯定するだけの勇気なんてなかったし、世界を、自分一人で否定するだけの力なんてなかった。

僕には彼女ができた。彼は別の惑星に、嬉々として向かった。

彼はもう自慰を恐れなかったし、勿論僕ももう、自慰なんて怖くなかった。

 

僕らはあの時笑った。自慰をしている奴らを見て笑っていたのだ。

僕らは、自慰の後に襲ってくる巨大な自己嫌悪を恐れた。それは女の子に申し訳ない行為だと知っていたから。

僕らは、天井を見上げて泣いた。白い液体は、そのまま腰を伝って地面に流れた。

僕らは笑った。

なぜ僕らだけが申し訳なく思っているのだろう。

僕らが想う誰かは、そのまま黙って僕らの白い液体の行く末を見つめている気がする。

 

街の通りでは、みんなが自慰をして笑っていた。社員証を自慢げにぶら下げたサラリーマンも、ベンツに乗った身振りのデカいセレブも、幸せそうに抱き合うカップルも、ブランドに身を包んだ女性まで、みんな臆することなく笑顔で自慰をしていた。

そんな彼らを僕らは笑った。笑うことしかできなかった。なぜなら僕らは、そんなこと、できなかったんだから。

僕らは汚かった。僕らはずるかった。だから僕らは同じだった。

 

そして僕らは、誰にも気づかれることなく、そのまま数時間横たわっていた。僕らはカートコバーンが好きで、スコットフィッツジェラルドが好きで、フーコーが好きだったから、いつまででも話は尽きなかった。

僕らは、信じるものを僕らなりの尺度で決めたことだけが誇りだった。それは例えば芸術であり、思想であり、人間であった。そこに他者の目線や評価が一切介在していないことが、僕らの唯一の誇りだったのだ。

 

交差点の真ん中は綺麗だった。だから、僕らはそこで射精した。そこではみんなが僕らを、僕らの悩みを、無視してくれた。それは清々しかった。清々しいほど何もかもに気づかぬふりをしていた。

人の悪意も、人の善意も、人の傷も、世間の傷も、ものの理由も、ものの意義も。

そこは綺麗だったが、そこにはまるで何もなかった。ただ車が道を通り過ぎるように、何かがあって、でも何もかもがなかった。

行き先なんて考えなかった。誰がどこへ向かうかなんて関係なかった。誰がどのようにしてここまで来たかなんて、もっと関係なかった。

ただそれは通り過ぎていくのだ。だから考えなかった。

僕らの頭上には、一頭のミサイルがある。そして僕らは起き上がる。

起き上がる頃には、その液体はカピカピになって透明となり、射精の跡一つ残さず、だけど肌に付きまとうような違和感だけを残して、僕らは別れる。

僕らは、反省などしない。僕らは、所詮大衆迎合に踊らされる市場の所有物である。

彼は惑星へ、僕は、躊躇している。

彼は信念の元に、僕は、躊躇している。

僕には何もできやしない。

 

 

2ヶ月前、僕に初めての彼女ができた。別に好きではなかった。

僕は、僕を好きになろうと思った。ダメな自分を愛してくれる人がいることが分かれば、僕は僕を好きになれると思った。

そして、自分を好きでいてくれる人は、やがて自分も好意が持てるようになるだろうと、僕は思った。

そんな大層な人間ではないのに、こんな風に上から目線で彼女のことを思うこと自体が僕は申し訳なかったが、でも事実僕はそう思った。事実は僕にとっても、誰にとっても平等に真実であり、否応無しに僕らを傷つけた。

だから僕は、その贖罪として事実を彼女に見せなかったし、見られる前に、彼女を目一杯好きにならなければならないと思った。

そしてそれはとても重かった。

 

その帰り道、途方に暮れながら帰った僕を、僕は決して忘れはしない。喜びとは程遠い感情を持って電車に揺られた僕を、引き摺るような責任感を持って家路に着いた僕を、僕は許さない。

彼女は笑っていた。とても素敵なはずだった。

彼女が可哀想だった。

 

僕には自信がなかった。彼女は僕を好きだと言ったけれど、僕には自信がなかった。どこをもって自信とすればいいか、僕にはよく分からなかった。だからこそ僕はせこかった。彼女を利用しようとした。僕は汚かった。

僕は僕の好きなカートコバーンでもなければ、フーコーでもなく、ましてや"彼"ではなかった。僕は"僕ら"ではなく、単なる僕だった。僕は僕の好きなものでもなんでもなかった。僕は僕が嫌いだった。大嫌いだった。

僕は幼稚園の僕であり、小学校の僕であり、中学生の僕だった。

僕はいつまでたっても周りに依存していた。

でもそんな僕を、彼女は好きになってくれた。

 

ただ、事実で語れる明らかな論拠がいくつあっても、どれだけその人にとって心強い論理が現れても、それが人の心を納得させ、穏やかにさせるものだとは僕は思わない。

もしそれが可能であったなら、誰もが自分の悲しみを誰かに語り、語らない多くの人が、地球の奥深くでひっそりと自殺することはなかっただろう。

人が人を変えることは難しい。

 

けれど、それでも、人は僕を慰めてくれた。そしてそれは当然、彼女もそうだった。みんなは、彼女は、優しい人だった。

僕は汚い自分を申し訳なく思うと同時に、僕を大事そうに抱える彼女を不憫に思う。強くそう思う。

そして、揺るがない僕の自信のなさを、僕は恥じる。論理より強いものが、僕は欲しい。

だから僕は思ったのだ。せめてその時笑った彼女の顔を忘れないでいようと、そう思ったのだ。

その先にきっと、僕の何かがあるはずなのだ。

 

 

そして堪らず僕は吐いた。自分の泥を吐いた。

僕は泣いた。自分の弱さを恥じるのだ。

これは僕の義務である。これは僕だけの義務だ。

人が積み上げた多くの事実の先に優しさがあるとしたら、これは僕が積み上がるべきものだ。

これは僕だけが積み上がるべきものなのだ。

僕は泣いているし、彼女も泣いている。

僕が嫌いな僕を大事そうに抱きしめる彼女を、僕はできるだけ強く抱きしめる。

きっとこれでいい。これだけでいいのだ、今のところは。

そうやって、やっていこう。

僕は汚かった。でもその分、僕は綺麗だった。

世界は汚かった。ただただ汚かった。無意味な言葉だった。意図的なものにしか聞こえなかった。もしそれでも世界は優しいと言うのなら、僕は綺麗すぎた。

僕は前を向く。僕は僕を信じる。だから僕は抱きしめる。

そのずっと先にきっと何かが待っている。

 

 

時が過ぎるのは早い。

ずっと繋がっていた彼との電話も、大昔に切れたままだ。

彼は向こうの惑星で輝いている。きっと、とんでもなく輝いている。彼は見つけたのだ、きっと。

 

僕は求められた世界の中で、自分が思うように生きようとしている。

僕は楽しむために生きている。

僕は楽しむために生きていく。

だから僕は肯定する。楽しむために、肯定する。

 

未だに思うような文章が書けなくても、それでも今もこうして文章を書いているように。

意味のない象形が、何かの意味を持って浮かび上がってくるのを待つ子供のように。

 

 


Richard Ashcroft - A Song For The Lovers

 

疾走

 

氷は溶けてなくなる。必ずどこかの時点で、完全犯罪のような形をもって、その姿を消してしまう。

やがてそれは蒸気になる。遠い街へと飛んでいく。 

そこに残るのは液体だけであり、その液体は私が気づかぬうちに一つの形跡さえ残さず蒸気となる。

その行き先を私は教えられない。ただそれを見送ることしかできない。途方に暮れたその後ろ姿を、もう誰も見はしない。私に寄り添う人はもういない。

それは行ってしまった。そして私にはそれを引き止める力がなかった。

できればそこに向かって走り出したいと思う。肩を掴んで離さない。ゆっくりと時間をかけて説得し、こちらの世界へと引き戻す。

どれだけ私がそれを渇望したか。どれだけ私がそれを思ったか。どれだけ私がこの世界を素晴らしいと思えたか。

そしてそれは涙する。私の声を聞き、私の世界に入り、それは深く涙する。いや、涙して欲しいと思う。そして私はその涙を乾かし、その時初めてその蒸発を許したい。許す努力をしたい。

我々は、この世界の外気に触れたその瞬間からもう溶け始めている。生まれたその時から、もう既に蒸発への一途を辿っている。

我々はそれを残す術を知らない。失っていく瞬間でさえ、まさにそれが失われている途中であることに気づかない。

やがて我々は発見する。大きな時間の経過とともにそれを発見する。

これは失われるのだと、溶け出した水を見て愕然とする。

どうやって我々はそれを取り戻せるのだろう。

そして我々は気づくだろう。その失意は癒せるのだと、絶え間ない努力の過程によって気づくだろう。

そしてそれこそが言葉だ。


溶けていく。

恐らく外気に触れるとはそういうことだ。

我々は生まれてしまった。我々はその瞬間、不幸なことに何かを持ってしまった。

そして必ず、それらはどこかの段階で抜け落ちていく。


疾走。



やがて春になる。少し寒いまま、これからは春になっていく。みんな大嫌いだろう。

カーテンを開ける。コートを着るか迷っている。

遠くドアノブを見つめて、外に出るのを躊躇している。

花粉の季節に目をこする。太陽。

通りでは色んな門出が祝福されている。

 

桜が咲いている。曇天の空にカラスが飛ぶ。

通りの風が木の葉を揺らし、寂しい春を運んでくる。

それは伝わる。必ず伝わる。

その匂いの核のところを、今僕は思っている。

 

"冬が来たんだよ。外は危ないんだから。

走るのが遅いでしょう?

これからは走りの練習をするんだ。" 


僕は広い公園に一人、そのままの姿でずっと立っている。冬も僕も、結局のところ君の前では嘘をつかずにはいられないみたいだ。

晴れ着姿の集団が、笑顔そのままに駆けていく。

3月。

即ち疾走。

 

電車に揺られている。それは必ずどこかへと向かっている。

僕は特別な何かを待っている。

車窓の景色は流れ、君は街へと帰って行く。

大事だと伝える。

壊れてしまうかもしれない。


昔の記憶。鮮やかな夢。晴れやかな笑顔。スヌーズをかけた目覚まし時計。

目標は10時。

暗い部屋の一室で、安上がりのアコースティックギターが一本。

話し声。午前4時。

「わたし、あなたの文章が好きよ。」

僕は咄嗟に振り向いた。あまりに全てが眩しかったから。

太陽?

いや、違う。

何かを尋ねる。

首を振る。

何も分かってない。

「僕はそういう嘘が好きだったんだ。」


知ってるから。

全部わかってるから。

でもそんなことはどうでもいい。

早く電気を消そう。鼻をかんで、早く寝よう。

全ては僕がやっておくから。

 

もう宛てることのない人へ、二度と書かない言葉を書こう。

これをもってそのまま筆を置いてしまうこと。

そのまま別々に歳を老いてしまうこと。

全く重要ではないこと。

僕以外の、あらゆる本質すべて。

その全てを書いていこう。

 

リフレイン。

 


3階の部屋をあける。

白いカーテンに太陽が反射する。

この部屋の、あの片隅にいつもあったペットボトルが今日はもうそこにはない。

僕は戸惑ってしまう。少し汗が流れてくる。

おかしい。一体どうしたというのだ?

僕は今まさにそれを拾いに来たのに。この雨の中を、傘も持たずに駆け抜けて来たのに。

いつもの飲みかけの紅茶はどこへやった?

笑って隠した食べかけの担々麺は?

そして僕は一つ、世界の真理に到達する。

それを探せば、きっと彼女の元にたどり着けるはずだ。

だって彼女は、いつもそれを大事そうに抱えて走り回る元気な人だったから。すぐにモノを失くすために、彼女はモノを失くさないよう懸命に知恵を振り絞ったのだ。彼女は、いつでも、どこでも、大きなリュックサックを背負っている。

だから、彼女があるところには必ず大きなそれがあるはずだ。

きっと彼女は今、それら全てを失くさぬようバックに詰め込み、隣の街まで買い物に行ったのだ。

バイトのお遣いにでも駆り出されたのだ。

一人どこかへ食事に行っただけだ。

そうに決まっている。

大丈夫。


彼女は優しかった。望むべくもないことだったかもしれないが、結果としてはそうなってしまった。

そしてその優しさは、きっとただで利用されるものじゃないはずだ。

彼女の優しさはそんなものではない。

彼らは一様に彼女に優しくするだろう。豪華な晩餐を開いてしまうかもしれない。

王様は彼女にお金をあげ、家をあげるだろう。

世界中の誰もが、彼女を前にすると何が正解で何が間違いなのか分からなくなってしまう。

全ての秩序は壊されてしまうかもしれない。

それほどまでに僕は、そのペットボトルを大事に思っている。

世界の秩序は言うまでもなく保たれなければならない。

だから僕はまだそこで立っている。

どこか懐かしいその部屋の匂いが、今も僕の胸を誘ってくる。

僕はそこで、その全てが蒸発していくまさにその瞬間を目の当たりにしている。

だから僕はずっとそこにいる。いつまでもそこで立っている。

その部屋が好きだったから。そこではいつも何かが待っていたから。

 

扇風機が回っていたから。

笑顔で話しかけてくれたから。

人形だらけのベッドが、朝誰かが急いで抜け出した形そのままにそこにあったから。

いつも笑顔で受け入れてくれたから。

嫌な暑さがそこに充満していたから。

誰かの笑い声が聞こえてきたから。

大事なものがそこにはあったから。

台所は汚れ、ペットボトルは捨てられる。

僕はその全てを望んでいたのだから。

 


春に行く。

Tシャツは風で飛ばされる。それは単なる気分によって家を追い出されてしまったのだ。

だから僕は決まって青空の下で寝ている。

子供を連れた母親は歩き、それは今日もバスの停留所で涙を飲んでいる。

並木道を抜ける。

烏丸通を五条まで下る。

僕の話に君は笑う。

下らない痴話話。

叶わない約束。

 

京都の街はいつも綺麗だ。

市内にいても、ビルの合間から遥か遠くの山を見ることができる。

そこに沈む夕日の中を、僕は歩いている。

都会の喧騒。届かない叫び。

そんな中で僕は君と出会った。

あの頃のことを覚えているか?

5月。

即ち疾走。


今出川駅6番出口の階段を、僕はいつも二つ飛ばしで駆け抜けた。

僕は忘れない。

どこまでいっても忘れることはない。

たとえ致死量3倍ものヘロインを手に取ったその瞬間も。おぞましいショットガンの銃口を、この腐った喉元に突きつけて撃ち抜く正にその一瞬も。僕は君のことを片時も忘れはしない。部屋に捨てられたペットボトルを、もう僕は忘れることはできない。

だから覚えておいて欲しい。忘れないで欲しい。

できれば君もそうであってほしいと願う僕のことを。

つまらないと非難した僕の話を。

夜中に浮かぶスマホの明かりを。

意味がわからなくてめんどくさいと怒った僕のことを。

それに凹む僕の姿を。

たったそれだけで、ただそれだけのことで僕はいいのだ。



地平線はどこまでも続いてる。

僕は記憶に関するあらゆるシステムを憎む。

僕は物語が書けたらいいと思う。

君がいたこの街で、僕は君の面影を多く見るようになる。それは僕の心を強く揺さぶって、時に全てを失くしてしまう。

グレーのロングカーディガンには必ず君がいるし、深緑のベレー帽には、もちろん君がいる。

ローソンのコーヒーは世界で一番美味しい。

そしたら僕は何を書くだろう。


幸せな物語が書けたらいい。最後はもちろんハッピーエンドだ。誰もが羨む幸福がそこには待っている。

僕は決まって夜中に物語を書く。

「あなたがこの部屋からいなくなったら、もう私は寝ちゃうんだよ。」

僕を引き留めてくれたそのささやかな声が、今も脳裏に焼き付いて離れない午前4時。

疾走。


どこまでも続く、上り坂。朝焼けに照らされた、上り坂。

途切れることはなく、それは赤い。

僕は物語が書けたらいいと思う。

君が大好きな、とても明るい物語。

僕が書けない物語。

でも書けなくてもいい気がする。いや、むしろそれがいい。

疾走。

京都御所は今日も明るい。

僕らはいつだって言葉がある。



 

東京


僕は夢を見る。

ああ、今日くらいはニヒルな文章一つくらい許してくれよ。

自分に酔ったクソみたいな文体も、今の気持ちじゃ何も感じないぜ。

俺は酔っちまってんだ。その辺のチンピラと一緒さ。

日本語なんてどうでもいい。嫌になったらどうせすぐ消しちまうんだから。

俺は今、悲しい。ただ悲しい。

そして才能がない。

それを伝える技量がない。

まあでもこれは俺が悲しいから書いてるだけで、別に誰に伝える気もないんだよバカ!伝えようとしてこんな訳わからん文章書けるかよ。

だからお前らに俺の文体を笑われる筋合いなどない!死ね!


ああ、それにしてもなんてことだ。僕はもう変な人だ。

同じ場所を何度も行ったり来たりしている。

挙げ句の果てには僕が俺になって、俺が僕になっている。チョコレートでも食おうぜ、俺。


ああ、汗が止まらないよ。満員電車に揺られながらこんなヘナチョコな文章を打つ僕の気分は?

ザラッザラのギターが耳の手前で止まないよ。

誰かがいたんだよ、その耳に。

あ、目の前のおっさん、今日の晩酌は餃子だな。

ふざけんなよ、げっぷすんなよ、今の俺の気持ちがお前に分かるかよ。おい、分かんのかよ。おい!

頭上げろよ、元気出していこうぜ。

俺は悲しい。俺は悲しいけれど、明日からまた頑張るんだよ。

おい、新しく乗ってきた目の前のねぇちゃん、気をつけろ。お前の後ろはげっぷ大臣だ。いつ戻すと思う?


空が暑かったんだよ。

海の風が気持ちが良かったんだよ。

バーベキューは毎回食べづらい。どのタイミングで肉を取るんだ?  それなのに俺は楽しい。

酒は不味いし、タバコはいつも通り煙臭かったな。ほんとこいつら全部嫌になるよ。 

全部一定でね。全部。

ずっと同じさ。

タバコは臭い。世界は気持ち悪い。みんなは優しい。僕は汚い。

そんなこと言ったってなんだか別れるのは悲しいな。俺だけか?

悲しいことが悲しいよな。悲しいって意味を考えるけど、つまるところ悲しいんだよな。悲しい以上の言葉があれば俺はそれを使いたいよ。


それにしてもどっから湧いて出てくるんだよ。

嫌になるよ。少し安心しちゃうよ。

笑うなよ、笑うかよ。そんなんで俺は笑うかよ。

ヘラヘラするなよ。俺の言葉に返答するな。

俺は笑わねぇ。貶しもしねぇ。男だから。

信じることがカッコいいことだって知っているからね。

優しいよ。そして優しさは別に利益を求めて差し出すもんじゃない。

したいからしてんだぞ、俺は。そんなの君たちに強要はしないぜ、俺は。

それなのにお前たちの中には俺と同じようなことをする奴がいるから腹が立つな。笑うな。財布をしまえ。だからいつまでたっても世界は良くならないんだ。

意味がわからない?

ふざけんな!俺は酔っ払ってんだぞ。苦い顔をするな!

俺は簡単に言うと高校に行ってないんだぞ!

優しすぎるね。どこにかかってる文章かは俺は知らね。

何が言いたいか、俺もよくわかんね。

周りのクソみたいな大人が俺の文章を見ているから。

周りのクソみたいな大人が俺のことをじっと見ているから。

クソみたいな文章しか書けない。言いたいことが何も分からない。

胸にくる。あ、これはおじさんの頭。悲しい。

満員電車、敷き詰められる多くの顔。

なんだかここは東京みたい。


俺は東京なんかに行きたくない。

俺は東京なんかに行きたくないんだよ。

目の前のおじさん、くせえよ。俺は何も置いてなんか行きたくない。

俺は東京なんかに行きたくないんだよ。


じゃあ、それでどうなると思う?

俺は俺で、君たちは君たちのままだよ。


それで、そう!このブログも俺の思い通り。

好きな時に好きなように消せるのさ。せめて嘲笑えばいい。だせえってな。関係ねぇ。

言えばいい。誰にも何も言うことなんてありません。

大阪は中々よい街だったよ。

財布はしまえ。肩を上げろ。口は閉じとけ。笑いかけるな。


駅に着いた。

いつもお決まりの締めのユーチューブ、サイトに曲がねえ。

ドミコ、売れてほしい。頼んだよ。

ホームに立って書いている。今、ホームに立って書いている。

そろそろ行く。




ヒアリさんへのお手紙

 

拝啓  ヒアリさん

 

 

ヒアリさん、こんにちは。ゴルバチョフです。今日もまだまだ暑い日が続きそうな、強烈なお天気ですね。

ヒアリさんは暑さに強いのですか?

 

それにしても、なんで僕がゴルバチョフなのか気になりますよね。

勿論僕は具体的にはゴルバチョフではありません。そしてゴルバチョフという名前にも特別なんの意味もありません。けれど僕は僕がゴルバチョフであるような気がしてならなかったので、ここでは僕はゴルバチョフであろうと思います。

つまり僕は、できる限り直感そのものだけでこのお手紙を埋め尽くしたいと考えています。思考を通さない、ありのままの言語で。

余分な雑念なんかをここには入れたくないのです。

恣意的に言葉を操らず、ありのままを言葉にする。

本来言葉はそう形作られるべきです。

 

ヒアリさんはここ最近の日本のニュースをご覧になっているでしょうか。

みんなヒアリさんを邪魔者のように扱っています。

その猛毒な針に一度刺されると死に至る。そいつは外国からやってきたばかりで、今ならまだ一匹残さず駆逐できる。外国から日本に邪魔者が来たのだ、と。 

 

でも僕は違います。

僕は、僕ら人間もヒアリさんと同じ存在だと考えるからです。

 

木からすれば、僕ら人間だって害のある存在です。

木は人間が生まれる随分前から地球に立っていたのに、後から来た僕たちに刈られに刈られ、使いたい放題使用されています。

でも僕たちはそれを”生きるために必要なこと”という理由だけで正当化します。

 

でもヒアリさん。ヒアリさんもそうでしょう?

ヒアリさんも生きているだけですもんね。人間の手によってたまたまここ日本に連れてこられただけですもんね。ヒアリさんはヒアリさんで、船に運ばれて連れてこられたこの地で生きるために必死に子孫を残そうとあちこちで生きている。

それなのに僕ら人間はヒアリさんにスプレーを撒き散らします。ヒアリさんに刺されて殺されてしまうかもしれないから、僕たちはヒアリさんを殺そうとします。(もしかしたらスプレーなどではないかもしれませんね。でも僕はゴルバチョフなのでそういう細かいことは知りません。)

 

では木は僕たちを殺すのでしょうか。

僕たちが木を刈り、彼らを次々に殺すからといって、木は僕たちを殺すのでしょうか。

木には意思がありません。少なくとも僕たち人間はそう考えています。

今我々が行なっている行為それら全ては、単なる人間のエゴなのです。

意思を持ち、言葉を持ち、それら全てを共存という共通の目的の為に統合できる能力を持つ人間がこの世界では一番偉い。だから木も含めたこの世界全ては、他を犠牲にしてでも我々人間が生き残って維持した方がよいという歪んだエゴに他ならないなのです。

だから我々は木を刈ります。世界を維持できるのは我々人類だけだと確信しているからです。

挙げ句の果てには、それを個体保存の法則という仰々しい名前をつけて合理化します。

 

ヒアリさんは我々と違い言葉を持ちません。

「殺さないでください。私たちは生きる為にここにいます。私たちも生きるのに必死なのです。」

そんなことをヒアリさんが言えたら、もっと違った世界があったはずです。

僕はそう思います。

 

 

実は僕がこうしてヒアリさんにお手紙を書こうと思った理由が一つあります。

それは僕とヒアリさんが少し似ているところがあると思ったからです。

ヒアリさんは世界が嫌だと言いました。生きている、ただそれだけで我々ヒアリもまた自由を担保されるべきだ。我々の毒は、自分たちを認めることがない世界を滅ぼす為にある、と。

たしかにそうです。ヒアリさんにとってみれば、この世界は生きにくいだろうと思います。

ただそこにいるだけなのに、厄介者として見られること。

 

そして僕も同じようにこの世界を憎みます。それと同時に、僕は僕自身さえも憎みます。

僕はロボットになるべきだった。もしくは、僕は灰になるべきだった。この世界の成り立ちを理解できないからです。純粋な目でここを見ることはできない。感情なんて、思考なんてない方がよかった。

勿論、少なくともこの世界が正常であるならば、という忠付きです。

僕は僕の方が正しいと考える。世界は間違っています。

けれども世界は回っている。少なくとも平和に。まるで世界の欠落がここには何事もなかったかのように。

 

異常な世界で生きていく為には、異常な世界認識が必要です。もしくは、世界とはそういうものなのだと半ば諦めることも必要なのです。

今まで世界中の諦めきれなかった者たちは多くの革命を起こしてきましたが、そのどれもが最後には失敗に終わってきました。そしてそれらは大抵負の遺産、即ち多くの命を犠牲にした失敗でした。

つまり革命は、異常な世界認識を自覚した上でそのルールに従って世界のトップへと上り詰め、そこから全てを切り崩すのが正しいやり方なのです。

 

私たちは間違っている。間違いだらけの生き物です。

そして僕も、よく間違える。分かってはいるのに間違える。

世の中で生きていく為には、間違った選択を敢えてせねばならない時がたくさんあるのです。

僕はそれが悔しい。世の中に飲まれていく自分を見ている第二の自分が、ゆらゆらと世の中に飲まれていく自分を何もせずただ佇んで眺めることしかできないのが悔しくて仕方がないのです。

だから僕はヒアリさんにお手紙を書いています。

僕はヒアリさんを救いたいのです。

僕と同じような立場のヒアリさんの救済は、それは同時に僕の救済でもあるのです。

 

ここで一度僕の話をします。(ヒアリさんのお話が次のお手紙で聞けることを僕は切に願います。それこそが言葉の存在意義だからです。)

大分話は逸れますが、最後の文章こそ僕がヒアリさんに言いたい言葉です。

 

 

僕は今までの人生で誰からも好かれたことがありませんでした。

親の愛情も僕にはあまり理解できませんでした。

友達はいるけれど、それはまた愛情とはかけ離れたものです。(友情を否定するつもりではありません。それも素晴らしく尊いものです。)

僕は誰の所有物でもありませんでした。そして僕は、もう誰の所有物にもなりたくないのかもしれません。

この場所が心地いいからです。誰かのために生きることが、もうできなくなってしまいました。

一人でいることに慣れてしまって、人といる感覚が怖くなってしまいました。

人に近寄って欲しいはずなのに、近寄ってきたら避けてしまうような、そういう変な大人になりました。

 

好きだと君は言います。

会いたいと君は言います。

それは僕にとって革命に近しいものでした。初めて認められた。

でも僕はそれが辛い。

受け入れられないことが辛い。君が僕に好きだと言えば言うほど、僕はそれに嫌気が差してくるのです。

でも僕は君が離れていくのは悲しい。こんなことは初めてだったから。嬉しかった。愛情ではない、だけど凄く尊い何かが僕を捉えて離さない。

だから僕は自分が男でなければよかったのにと思います。僕が性別不明のよく分からない生物か何かだったら、こんなことにはなっていなかったのだと思います。

ただ仲が良いだけではダメなのでしょうか。

男と女は、なんで別々に別れてしまったのでしょうか。

空を飛ぶのどかな鳥のように、生暖かい夜風のように、君もそんな風に僕を思ってくれたら嬉しいです。

好きだと言われたら僕はきちんと好きだと言いたい。なぜそんな簡単なことが僕にはできないのでしょうか。

僕は、こんな風に僕を仕立て上げ、よく分からない枠組みを作り出したこの世界を潰してやりたいのです。

僕がもっと愛を理解していたら、こんなことにはならなかったのだから

好きになってくれたのだから。笑顔で受け入れてくれたのだから。

なぜそれに嫌悪する必要があるのでしょうか。

相手の自由なのに。誰の許可が必要なのでしょうか。

そしてそれを僕が受け入れなかった時、なぜ君は僕から離れていくのでしょうか。愛に認証はなくてはならない物なのでしょうか。

認証しなければ、僕に見出してくれた”何か”の価値は下がるのでしょうか。

そして僕は、初めて価値を見出してくれた人が去っていくのを悲しがる必要がどこにあるのでしょうか。

僕は自信がなさすぎる。認められることに慣れてなさすぎる。

だから、ヒアリさん。ヒアリさんも自信を持って。

自信のなさは、君の世界を壊してしまうと同時に他人の世界をも壊してしまう。

 

僕は夢を見ます。

二人でベッドに横になっている夢。

僕らの頭上には大きな銀河が広がっています。

果てしない可能性。それは良い意味だけじゃありません。悪いことだって多分に含んでいます。

自分を認めなさいとキリストは言いました。

あなたが作ったこの世界のせいで僕はこんなことになってしまったのに。

 

僕たちは、岡山港で見つかってしまう。

昨日の天気のせいで波は一段と高い。

悪く言わないで!悪く言わないでくれ!悪く言っちゃダメだ!

笑わないでくれ!僕におどけた姿をさせないでくれ!

申し訳ない。ごめんなさい。ごめんなさい。

母親に手を引かれて行くSOGOの入り口。教会のパイプオルガンが鳴り響いている。

5時のサイレン。

父親とキャッチボールをした小学校のグラウンド。どこまでも続く長い坂を僕らは自転車で駆け下りた。

その坂のずっとずっと先で君は待っている。

どこかのテーブルで、僕はその場の空気にドロドロと溶け合って間違ったことをする。

自由なんだ!僕たちは自由だ!僕たちはずっとずっと自由だ!

ごめんなさい。ごめんなさい。

本当にごめんなさい。

 

ただ好きになりました。

ただ生きていたいから生きてきました。

あなたが好きです。あなたが好きじゃなかったとしても、僕はあなたが好きです。

あなたに会いたいです。たとえあなたが僕に会いたくなくても、僕はあなたに会いたいのです。

ヒアリさん。

誰があなたに生きていて欲しくなくても、あなた自身が生きたければそれでいいはずなんです。

誰の許可もいらないのです。

 

僕はそれだけが言いたかった。少し話が滅茶苦茶になってしまったかもしれません。

でもありがとう。

ありがとう。

 

 

ゴルバチョフ(匿名希望さん)より

 

 


andymori 「シンガー」

 

県道コバーン

 

まあ詰まる所僕は10年間ギターのネックを握り続けている。

それはそれは強い力で、僕はこの薄汚い世界を変えてやる勢いで、ギターのネックを10年間握り続けている。

僕のギターヒーロー達はどうやら友達がいなかったようで、それはそれは物凄いスピードでたくさんの音を積み上げて行った。

それに比べて僕はどうだ。物凄いスカスカの音を出して、次に一体何を弾いたらいいか分からずそこに立っている。

ああ...まだ僕はステージに照らされるのか...。

黙祷。

そうだ。やっぱり世界は僕にとても厳しい。

 

それでも僕はおいそれとギターを離しはしない。

僕は生活が辛い。僕は人生が嫌だ。死にたい。

そんなことを言ったら君は僕を咎めるかもしれない。

悲劇のヒロイン気取り。気味の悪いナルシスト。

そりゃ君には君の悲しみがあるだろうけど、僕にだって僕の悲しみがある。僕にだって死にたいと叫ぶ権利がある。勿論、君にだってある。

死にたいと叫べばいい。生活が嫌だと叫べばいい。僕はそれに何を言う権利もない。僕は君のことが好きだから、そんなことを叫ぶ君を見たくはないけれど、でもそれが今の君の気持ちなら僕はそれを尊重するよ。死にたいんだろう。分かるよ。

でも君の悲しみを僕は知らない。分からない。痛みが実感できない。

でも想像くらいはできる。

だって僕は生活が嫌いだから。僕は自分がとても嫌いだから。僕は君を大事に思うから。

『それでも世界は綺麗だよ、こっちにおいでよ』

笑いながら君はそう言うけれど、それなら僕だって言うよ。

こっちにだって世界はあるよ、こっちにおいでよ。

 

そこではギターが弾けないギターリストがみんなの憧れの的だったりする。ボーカリストはおならで歌を歌うし、ベーシストは立派な金棒をベースとしていじっている。

観客は色眼鏡をつけてトリップしている。

「我こそは世界の真理を突いている!」

バーのマスターはいつも謝っている。

「こんなお粗末なものを、こんな値段でごめんなさい!!ごめんなさい!!!!」

僕らは楽しむために放棄する。何もかもを平気で捨てる。嫌なことは聞きゃしないし、やれないことはやろうとしない。楽をする。利潤の対価で付与される責任なんて僕たちには必要ない。

僕たちは楽しく生きていくべきだ。楽しくしようとしないことは罪なことだ。

そこで僕はギターを弾いている。嬉しそうに音を外している。僕は楽しい。僕はみんなのヒーローだ。

 

 

お祈り。

就活の時に、”今までの人生で頑張ってきたことと、そこから得たもの”という題にこんな作文を書いたら、結果どこも受からなかった。

やっぱり世界は僕にとても厳しい。

ギターはどっかで死んできた木の遺産だし、僕が夢見るのはみんながとうの昔に諦めたものだし、お金は僕の苦痛の賜物だし、生まれてしまった人生もまた。

 

僕からすると世界は狂ってる。

可愛い女の子はみんな三途の川を笑顔で渡って行くんだから。あれこそが世界を変える、みんなが恐れる”可愛い”なんだから。

可愛いみんなは三途の川を笑顔で行進する。とっても可愛い。見た目の問題ではなく、より本質的に。可愛さの本質とは愚かさそのものであると勘違いしてしまうくらいの深度で。

恐らく世界の名だたる革命家も、彼女たちを見た途端にその革命の手を止めるだろう。”可愛い”は革命家の世界を変えるのだ。彼らは彼らの生きやすい世界を作るためだけに動くのであって、別に本質的に良い世界を作ることなんて考えちゃいない。

でも僕は違う。信じて欲しい。もし僕が革命家だったら、僕は”可愛い”の大量虐殺を行う。

つもりだ。

現に今、僕は可愛い彼女たちを笑顔で送り出している。偉いだろう? 革命家なんだ、僕は。可愛いみんなのために彼女たちの行進のすぐ横でシンバルを叩いている。彼女たちがあまりにも素晴らしいから。革命家の僕は”可愛い”の大量虐殺の一助を担っている。真の革命家と呼ばれることを目指しているのだ。なぜなら僕はその言葉をアテに毎晩最高な失禁をしたいから。

これは世界中誰もが平等になるよう、”可愛い”を平均化する為の合法的虐殺なのだ。

とハッタリをかましたいが、本当のところは”可愛い”はギターが弾けないと与えられない誇り高き勲章のようなものだからだ。僕は革命なんかよりも”可愛い”のほうがずっとずっと好きなエッチな男なのだ。

 

でもそんなことをしていたら言葉とは何かが疑わしくなってくる。

人生も、また。女の子も、また。

だってそうじゃないか。言葉なんて必要か?

正義はもうそこにある。身の丈にあった人生。身の丈にあった考え。生活するための思想。

理想とは程遠い、生活に真正直な、それなのに薄汚れている正義。現実に即した、本当の答え。

そう考えると我々が必要なのは沈黙だ。これまで何年もかかって築きあげてきたこの世界に新しい価値観などない。黙ることだ。受け入れることだ。現実を形あるまま受け入れ、頭がいい原爆おじさんたちの話を有り難く聞くことだ。

でもそれは本当か?苦しくても、間違いだと思っても、僕たちは黙るのか?

僕たちが今必要なのは、理想を持つこと。

だといいよな、とか思いながら今僕はアダルトビデオを見ている。

 

クソ野郎の僕はギターを握っている。

間違いは、まだ。これからの人生も、また。

諦めない。

僕はみんなのことなんて知らない。どうでもいい。

楽しく生きていくべきだ。楽しく生きていくべきなんじゃないか?

そんな考えは幼稚だと君は言うけれど、君は勿論”可愛い”が好きだし、その隣の”可愛い”は”前衛的スタイリッシュおちんぽ”が大好きだ。

何を言っても自由な世界だったじゃないか。そうじゃないなら言葉なんていらない。

でもその世界の実現方法を僕は知らない。本当は僕はこの世界の”可愛い”を独り占めしたいエセ革命家だから。 

出身大学もロクなもんじゃない。授業中も可愛い女の子はすぐ笑って開いたその大きなお口の中に大きな笑い声で男を勧誘しようとするし、男は男で席を立っては繰り返しズボンの股のところにテントをこしらえている。

適応していくための薄汚れた正義。

でも仮に、仮に言葉にしていいなら、言葉にできるのなら、僕は理想だけを。

 

弾けないギターは弾くべきだ。立たない金棒こそ死ぬほど愛でるべきだ。嫌な世界はトリップしてぶっ飛んでしまうべきだ。

鳴らないなんて知らない。

許可なんていらない。

世界の常識なんて知らない。

そんなものに興味はない。

世界がどうであれ、僕たちは、生まれたからには全力で楽しく生きるよう努めるべきなんじゃないか。

むさ苦しい。

いつもの場所は居心地がいいか?その悲しみは気持ちがいいか?

誰に赦しを乞うつもりだ。

 

 


Tempalay 「革命前夜」 (Official Video)

 

 

おじいちゃん


ある人と過ごした最後の日がいつだったのか、僕は全く覚えていない。

いや、最後の日といったってなにもお別れを告げたその日のことを指すわけじゃない。その人と過ごした時間の中で、この日こそ一番大事だと思えたその日のことを僕は最後の日とここでは呼びたい。


僕のおじいちゃんは6月23日、僕がちょうど高校2年生の時に亡くなったのだけど、僕の中でのおじいちゃんの最後の日は、おじいちゃんと二人で岡山へ鈍行電車の旅をした日のことだ。

その日おじいちゃんはお気に入りのキャノンの一眼レフを提げて、嬉しそうに後楽園の写真を撮って回っていた。多分そうだったはずだ。

それから僕はおじいちゃんと二人でおばあちゃんのお土産に桃太郎のきびだんごを買って、少しその辺を散歩してから讃岐うどんを食べた。そしておじいちゃんは疲れやすかったから、僕らはよく分からない喫茶店に2回ほど入った。

それにしても岡山県讃岐うどん

それから僕ら二人は来た道と同じ鈍行に乗ってユラユラと何もない岡山から何もない京都へ帰っていった。夕方の5時だった。どこまでも続くクソみたいな風景の中で、僕とおじいちゃんはほとんどなにも話さず電車に揺られた。

だけどその時おじいちゃんは鈍行は疲れるから特急に乗ろうと言ったかもしれない。もしそうなら僕らは恐らく鈍行になど乗っていない。


その何日か後、おじいちゃんの容態は突然悪くなった。お見舞いに行くとおじいちゃんは痴呆になっていて、僕の名前も思い出せないようだった。なんでだろう。なんで僕たちは岡山なんかに行ったのだろう。

それから数日も経たないうちに、おじいちゃんは恐ろしい速さで亡くなってしまった。聞いた話によると、内臓の器官不全だったらしい。当時の僕には話が重すぎると、話の全容を親から聞かされることはなかった。悲しかった。

そして僕の悲しみはその日から日が経つにつれて元のよりも徐々に徐々に大きくなっていき、遂にはカーペットについたコーヒーのシミみたいに、その悲しみがそこから永遠に取り除けないものとして存在を主張するようになった。

僕はもっと刻み込むようにしておくべきだったのだ。せめて僕がその日おじいちゃんとしたことがくっきりと頭に残っていれば、僕のカーペットはこんなことにはなっていなかったのだから。

だけど僕はあまりにもバカな男だから、それ以後もずっと他の人にそんなことを繰り返し、遂にはただ汚れたシミだらけのカーペットを広げては歩き回るクソ雑魚として、世界に君臨するようになった。


カフェで飲むアイスカフェオレの氷が溶ける音がする。


街を歩く。

僕は人の顔を見るのが好きだ。なにも嫌らしい話ではなくて、その人の顔からその人の歴史を探るのが好きだったりする。歳が上であればあるほどなおいい。

白いワンピースを着た華奢なあの綺麗なおばさんも、昔はきっと華やかな人で、周りからもてはやされていたんだろうなぁ、とか。

苦しそうな顔をして街を早歩きするあのおじさんも、昔は休日家族とどこかへ遊びに行くのを喜びとし、仕事にも多くの夢や理想があったんだろうけど、遂にある程度歳になって世界が俯瞰的に見えるようになり、全てに嫌気が差して。それでああやってスーツを着て立派に背筋を伸ばして歩いているんだなぁ、とか。

一体彼らが向かっているあの交差点にはどれだけの諦めた理想とか、追いかけている夢が歩いているのだろう、とか。

あの店内にはどれだけの思いを忘れた人たちが歩いているんだろうなぁとか思ったりする。


カフェに入る。コンビニに入る。

街を歩く。駅で降りる。

本を読む。映画を観る。

そのあちこちで僕は誰かを思い出し、僕は誰かと会う。

いろんなものが錯綜して、いろんなものが生まれ、やがてそれらも結局すべて日常という混沌に埋没していく。

時計の針も、街を歩くそのファッションも、この流れている空気の匂いも、ちょっとした道路標識でさえも、すべてが日常という混沌に流れ込んでいく。


僕の実家には僕が中学の時に開けてしまった穴がリビングに一つある。

あれを見ると思い出す。

実家の勉強机の引き出しを開けると小学生の友達を思い出す。

そんなことをしてはやめてを繰り返す。

するとカーペットのシミを広げては眺めるだけで、もしかしたらたったそれだけで、僕たちは十分なのかもしれないと思ったりする。

だってそれが最後の日なんて誰も分からないじゃないか。


街を歩く。音を聞き、匂いを嗅ぐ。

この世界にいる。僕はこの世界で生きてきた。

僕はそこで誰かに会い、誰かを思い、そして僕はその誰かにこのカーペットのシミを見せつける。

ありがとう。ありがとう。

おじいちゃん。約束、なんとか守れそうです。

頑張ります。

元気でやっています。そしてきっとこれからも元気です。

カーペット汚ないでしょう?掃除が苦手なんだ。

大嫌いで、でもそんなに悪くもない7月になりました。人生です。