名前をつけてください

なにもないよ

お笑い芸人


午前3時にベランダに出て、350ml缶の酒を片手にキャスターに火をつける。

色んな思いが交錯して、俺の目の前に午前3時の夕焼けが迫ってくる。

色んな味がして、色んな匂いがする。

夕焼けを背に、俺の目の前を多くの人が通り過ぎ、そしていなくなる。

よくこんな時間までお前と話してたよな。

あんなに長く何の話をしてたんだっけ?

夜中の3時にキャスターを吸っていると、俺の顔に散らばるそばかすは、まるで夜空を埋め尽くす星のように瞬き、お前があの時ふと言った一言が、朝焼けを反射させて光り輝く露を被った草のように俺の心を煌かせる。


俺は大学からタバコを吸い始めた。

恋人はいつも俺にタバコを吸い始めた理由を尋ねてくるけど、俺は少し困ってしまう。

だって俺は、こんな風に生きてみたいって思う人たちがみんなタバコを吸っていたから吸い始めただけだから。

そんなこと一々説明するなんて、ダサくて仕方ないじゃないか。


俺もお前みたいになってみたかった。

お前と一緒にいつまでも笑っていたかった。何でも全部笑い飛ばしてみたかった。

"俺は悪くない。おかしくもない。おかしいのはお前たちだ。こんなの死んだほうがマシだ"

お前それ本気で言ってるのか?


午前3時に350ml缶を持ってベランダでタバコを吸う。

終わってるなって呟いてみたら、終わってるなとどこかから声が返ってきた。

失意が、誰かのやるせなさから産まれる言葉でどこかに消えていく瞬間の美しさ。

それで救われる綺麗な心。

俺のそばかすはどこまでも光り輝く。

お前の言葉は何かを変えていく。

星になる。星になれ。星になる。

誰かの見えない傷が塞がる瞬間。

空にグレープフルーツほどの馬鹿でかい月がかかる。

美しい。

美しい時間。

自販機ばかりのパーキングエリアで置き去りにされた気分。

それでも笑い合える喜び。

死んだら負けの、クソみたいな人生。

夜は一層夜になっていく。

その先は夜になる。




全くできなくて、たくさん笑われて

 

言語を聞き、そしてその言語を脳内で解釈して命令通りに行動に移すことが、自分にとってこんなに難しいことだったなんて知らなかった。

人に何かを言われ、それに心底傷つき、一切その人の言動を素直に受け取れなくなる自分にも、そういうことをやられすぎてほとんど無感動に人間に接している自分にも、そして「知能の障害、および相互的な社会関係・コミュニケーションのパターンにおける質的障害」と難しい言葉で書かれた医者からのささやかな悪口も、俺は完全に忘れていた。

 

あまりにもうまくやれているから、俺はすっかり忘れていた。いつからかなんでも自分はできると思っていた。努力さえすれば、俺にはなんだってできるんだと。俺は違うんだって。

舐めるなと思って、そうやっていつも社会や他人を眺めていた。だからいつも誰かを、なにかを、絶えず攻撃していた。悪いのはこいつら全部なんだって。だけどそれを面白いと思ってくれる人がどこかにはきちんといた。自分で言うのもおこがましいけれど、これを素敵な思想だと言う人さえいた。

俺には訳がわからなかった。俺はただ普通の営みに合わせられなかったことを自虐的に捉えていただけだったから。自分を維持するために他を攻撃する韓国やロシアみたいなものだったから。

俺は世界情勢そのものだったから。

ただ利用されるだけ。

 

 

いつからか世の中は障害が流行った。人をバカにして笑いをとれることそれこそが面白く、知的な笑いなのだと皆が言った。人のおかしさに気づける自分は頭がいいとみんなが言った。どんどん障害の流行は加速した。ある種の人間たちからは、倫理は棚に上げて、いきすぎた障害であることそのものが笑いを生むための必要条件なのだと言わんばかりの印象を受けた。本当は、悲しかったことを笑いにする話のテクニックが俺の憧れだったのに。

街中では酒が流行り、インターネットでは個人的なセックスが流行った。みんなおかしかった。悪意で悪意を笑い、誰も正しいことで笑わなくなった。そしてより歪んだ人間は正しさで人を殴る遊びに勤しんだ。誰も何も正しくなんてなかった。

こんな汚い病み方するくらいなら、俺は早く暴動が起きてほしかった。暴動を望んでいる。暴動が必要だ。みんなも薄々そう感じていると思う。暴動の方がはるかに平和だからだ。

 

俺は俺をおかしいと怒ってきた社会を探している。探せる年齢になってしまったから。もう彼らと同じ土俵で議論できるから。もう騙されないから。

 

大人になることは、子供のころに見た正しさがどこにもないことを見させられるだけの映画のようだ。俺は観客としてただ席に座っているだけ。何をすることもできない。そして上映時間は人による。

唐突にブザーは鳴る。君はとてもびっくりするだろう。映画の始まりは誰も知らない。

薬を大量に飲み、震える手で喉元に銃口を持って行く。力の抜けきった左手で遺書を書く。車内には大音量のボブディランの音楽が鳴っている。Hey hey my my。映画はもう始まってしまった。上映が終わる頃には、君はもう風に吹かれている。

 

 

ついこの間、昔の友達に会った。

そいつとはよく一緒にドライブをした。古着屋に行ったり、夜中にラーメンを食べたり、水タバコを吸ったりした。モテたいとかどうでもいいことばかり話した。生きていくための何かとか、知恵とか、そんなこと何一つ話さなかった。どこまでも無駄な時間を一緒に過ごした。車のフロントガラスの向こうはいつも虹色だった。大きなボックスカー。家族共用の車なのに、何回かぶつけたことがあって凹んでたこともあったね。

ラーメンなんて食べたくないのに、ラーメンを食べた。行きたくない風俗店に俺も連れて行かされて、童貞を捨てるのを見届けてほしいって、そう懇願されたのを思い出す。俺は知らない誰かにちんちんを見られるのがやっぱり恥ずかしくて、店の前の居酒屋で時間を潰した。あれはそんなに気持ちよかったのか。

久しぶりに会ったそいつはMichael Korsのクラッチバックを持って、Lacosteのシャツを着て、渋谷の駅で待っていた。付き合ってほしいと言われてついていくと、そこはもう風俗店なんかではなく、ただの高そうなおしゃれなカフェだった。照明が薄暗くて木がたくさん店内に生えていた。俺はそこにいるひとたちみんなが詐欺師の一味にしか見えなかった。あるいは、悪い不動産屋の営業と水商売の女のカップルにしか見えなかった。俺たちだけがそこらでちらつく仄かな灯りのように目立っていた。

金もってるなら出会い系でやりまくれるから、やったらいいよ。何人したかなんて数えてないからあれだけど、10人は超えてるよ。最初にこういう店に連れてきてから・・・。

意識が遠のいていく。どんどん頭が痛くなってくる。俺はおかしいのだろうか。

 

 

大好きだった人たちが変わっていくのを間近で見ると、俺はとてもいいドキュメンタリーを見ている気がしてくる。

そして多分、世間的には彼らの変わりようが当たり前で、俺みたいに子供みたいなことを言って騒いでるのは変なんだろう。

最近どこかで聞いた言葉が脳裏をよぎって怖くなる。

「どこかで諦めたりできるのが大人になるってことで、何も変わらずに諦めたり純粋な気持ちを抱えて生きているやつはどこかで死んじゃうんだろうな。」

父さん。就職、頑張ってしてみたけど、やっぱり嫌だな。普通に嫌だ。

就職を機に変わっていった人間みたいに俺はなりたくない。

この前先輩と喧嘩して呼び出しをくらったよ。月曜日に面談だよ。いろんな同期にヤバいって言われたけど、俺は理不尽なことには頭を垂れないって決めたんだ。謝らない。

俺は働くために生きてない。プライドの方が大事だから。

働かなくても死にはしないけど、心が動くのをやめたら死んでしまうから。

 

 

大好きな芸人を間近で見て、身体中の毛がよだち、震えながら涙する自分がいたなんて俺は25年の人生で一回も気づいてやれなかった。

彼女ができて、嬉しくて、ちゃんと抱き合って、キスできる自分が将来待っていたなんてわからなかった。

俺に悪いところを超える良いところがあるなんて誰も教えてくれなかった。

それでもいいって一緒にいてくれる人間が何人かいることに、俺は気が付かなかった。

自分を大事にしたい。自分が思ったことは一回認めたい。

そうじゃないと生きてる意味がない。

 

一回どこかでちゃんと文章が書いてみたいな。

書けないだろうけど、書くのは自由だからいいんじゃない。書いたら読ませて。

思ったこと以外言いたくないな。

嫌われるだろうけど、言うのは自由だからそれはそれでいいんじゃない。わたしはいつまでも言われ続けられるの嫌だけどね。

いつも本当にくどいよね、やすは。もう少し大人になりなよ。

またいつものお話が聞きたいな。

 

 


未来電波基地 - 田中慎弥

 

 

男と女


なんとかこれを文章として形にしたいと強く思う。
なんとしてでも書きあげたいと強く思う。
けれど、その思いが強ければ強いほど何も書けなくなってしまう。
書いては消してを繰り返し、やがて僕は完全に塞ぎ込んでしまう。 
なんて僕はダメな男なんだと。なんで僕はこんな人間になってしまったんだと涙してしまう。
文章が書きたい。なんとかして伝えたい。誰かに伝えたい。
感情が先走ってしまうのを抑えたい。感情を抑えて言語化し、自分を癒したい。
それでもやはり、どうしてもそれができない。文章が全く書けない。
つらいと書きなぐりたい。どうして僕はこんなにクソなんだと書きなぐりたい。彼女もまた、どうしてそんなにクソなんだと書きなぐりたい。なんでそんなことをしたんだと怒りたい。怒りという一言をひたすら書き連ねて全てを終わらせたい。大事な何かが揺らいでしまう瞬間の、あの心の動きを僕は忘れられない。

彼女の熱い吐息を思う。彼女の恍惚とした表情を思う。彼女のはだけた綺麗な胸を思う。彼女の楽しそうな酒の席を思う。彼女の温かく柔らかな息がかかった彼の耳を思う。首に巻きついた彼女の腕の白さと、彼女の二の腕の柔らかさ。
そして彼女は、少し涙が滲むその目と赤みがかった頬を携えて彼とどこかへ行ってしまった。
彼女はなにをしたのだろう。彼とどこまで行ってしまったのだろう。誰がそれを僕に教えてくれるのだろう。なぜ僕がそれを尋ねに行き、彼女に教えねばならなかったのだろう。

僕はあれからひどく傷ついてしまった。
何かにつけて彼女を責めてしまうが、結局は何も出てこなかった。そんなこと初めから分かっていたのに、僕は何度も何度も繰り返し彼女を責めてしまった。
ある日僕は彼女からそんなに怒られると何も言えなくなると怒られた。その通りだ。

も僕は何も悪くない。僕は謝るべきなのだろうか。僕は彼女にその通りと思わせることを言ってはダメなのだろうか。
悪くないのだ、僕は。僕はその時、家で一人テレビを見ていただけなのだから。
酷く酔いそうだという彼女からのメッセージを見ても、僕はそこから遠く離れた場所で指をくわえて連絡を待つことしかできなかったのだ。今後僕が傷つくことがなんとなく分かっている状況で。
そんなのあまりにも惨めじゃないか。ちょっとは想像してくれてもいいじゃないか。

彼女を傷つける結果になったとしてもそれは仕方ないだろう。僕は十分傷ついたのだ。 
彼女を責めるまさにその一瞬も僕は傷ついているのだ。
それなのに僕は、また笑って彼女を慰めてしまう。彼女が可哀想に思えて仕方なくなる。それでは一体誰が僕を慰めるのだろう。
なぜ僕が君に泣いて責められるのだろうか。
君こそが僕との関係を繋ぎ止めようとするべきじゃないのか。なぜ僕がそれを率先して引き受けているのだろう。

僕は誰にでもそうだ。強く意見した後には必ず笑ってしまう。
なんでだろう。
僕は本当に深く傷つき、失望しているというのに。
君が泣くと、僕は申し訳なくなる。なんでだろう。お酒の席の話になると寝れなくなるくらい辛いのに。
僕はもう、誰も信用できない。

男女関係は醜く、酒は汚く、全てはもう無になってしまったのだ。
街中を酔っ払って歩く女は汚く、それに手を貸す酔った男は更に穢らわしい。気持ちが悪い。女が好きな男が嫌いになり、男である自分の性欲さえも嫌いになってしまう。
でももしかしたら僕のそういう目線が汚いだけなのかもしれない。あるいは僕は、未だに女性に対して高潔な感情を持ちすぎているだけなのかもしれない。

全てが汚れてしまった。もう僕はやめたいのだ。
疑うこと、その一切をやめたい。
彼女もあれから努力をしている。その努力を讃えたいのに。
なんでこんな風になってしまうのだろう。
なんでいつもうまくいかないのだろう。
僕は笑いたくないのに、なぜ最後はいつも僕が先に笑ってしまうのだろう。
だからいつまでたっても彼女に不満を持ってしまうのだ。
僕は君に励まして欲しい。抱きしめて欲しい。
寂しいのだ。

君は楽しんで、僕は辛がって。
君の知らないところで僕だけ悲しんで。
束縛しないように気をつけながら、一方で涙を流して。
本気で怒りたい。本気で伝えたい。
嫌なんだ。
そしてまた今日も、僕は君にありがとうを言うのだ、涙を流しながら。でもそれを隠して「大丈夫だよ、たのしんで」 そう笑って言うのだ。なんでもないよ、いつものことさと言わんばかりに。
なんでだろう。なぜまた笑ってしまうのだろう。本当は悲しいのに。怒ってさえいるのに。
ごめんも言いたくない。
それなのになんで僕は笑って謝るのだろう。
でも本気で怒ったとして、彼女の弱る姿も見たくはない。
そうであるなら、僕はもう笑うしかないのだろうか。
そして彼女は、僕が怒ることに嫌気がさしたら僕の元から離れていくのだろうか。

彼女はあの時、彼とどこまで行ったのだろう。
彼女はあの時何を思ったのだろう。
それを思うと僕は、どうしようもない気持ちになる。
この気持ちは、女に去られた男たちにしか分からない。
一度女に去られた者たちは、もうあの孤独から逃れることができない。
この気持ちは、女にも男にも分からない。分かるのはただ、女に去られた男たちだけである。
君は否定するけれど、僕には浮気された人の気持ちが分かる。
それがどれだけ辛いことか、それがどれだけ世界の見え方を変えてしまう出来事なのかが僕には痛いほどよく分かる。
オブラートに包む自分も嫌だが、僕にはこれが限界なのだ。君は故意じゃなかろうとも、確実に僕の知らないどこかに一歩足を踏み入れたのだ。
浮気。体と心の一部を奪われること。
 

5月初旬のよく晴れた日。
僕の腕にある数本の傷を見て、柔らかく微笑んだ彼女の顔がずっと忘れられない。
そう、僕はあれがどうしても忘れられない。
彼女は言った。
内側にはきちんと傷をつけてないんだね、偉いね。でももうしちゃダメだよ。大切にしてね。あなたが大事なの。悲しいよ。
だけど僕は知っている。内側にもきちんと傷はある。そして恐らく、腕を眺めた彼女もそれは知っていたはずだ。
彼女はしばらく黙って僕の腕をさすり続けた。
ゴツゴツしてて気持ちいいね、腕。私はこの腕、大好き。
僕は顔が火照ってしまう。恥ずかしくもあり、そして誇らしくもある。
もう傷なんてつけないでおこうと思った。
僕はこの子のことを好きでいたい。
そのままずっとさすり続けていて欲しかった。
彼女は、どこまでも優しい人だった。

それなら君ももっと自分のことを大切にしないとダメじゃないか。


僕は許すことを覚えたい。人に任せることをまた覚えていくのだ。
あの腕を笑顔でさすり、ずっと僕を待ってくれた彼女。今僕が絶対的に信じているのに、どうしても最後まで信じきれない彼女。信じたい。たとえ無理だとしても。
僕は僕であり、彼女には彼女の生活があり、彼女の生活の一部に僕がいて、そこで理解し合おうとするから僕らは素敵なのだ。
許すこと、何より人間は完璧ではないということ。
そして人は誰も日が昇らない一日など望まない。
新たな朝焼けが、この長く悲しい一日のベッドルームを赤く染め上げた。
朝だ。

幸せ


俺はずっと暗い。

それならこのままずっと塞ぎ込んでたい。

朝が死ぬほど怖い。

横たわるお前が見向きもしなかった、17歳の夏。





高校に行けなくなり、家に引きこもっていた時期に書いた文をふと思い出したので、この機会に書いておこうと思った。

 

 

あれからも生きている。

でもなにも楽しいことばかりじゃない。

誰も楽なんかしていない。

 

朝になってしまった。

 

忘れたくない。

忘れたいとは絶対に思わない。


 

Ultra/LOWPOPLTD.

lowpopltd.bandcamp.com

 

 

 

Happy Birthday

 

パッと見た感じでは全く同じ人間に見える。

「あなた、育てにくい子ね。」

ママがそう言って笑うから、僕も笑わなきゃななんて思いながら、意味も分からず笑ってみせた。

ママ、うまく笑えたかな?

ほら、見てよ。僕は笑っているよ。

 

そしたらママ、次には突然僕に怒り始めるんだ。

何回同じことを言ったら分かるんだ、って。

僕はなんだかとても不安になって、大声をあげて泣いてしまう。

ごめんなさい。

「泣くんじゃないよ。みんなが見ているでしょう。謝るくらいなら泣き止みなさい。」

 

ごめん、ママ。上手にできないや。

上手に、僕はできない。

だって何がいけないのかよく分からないから。

 

 

だからあいつは人を殺したんだ。家も家族も燃やしちゃったんだ。

最後見たあいつ、壁と車の僅かな隙間で血を流してぺちゃんこになってた。どんな速度で壁に突っ込んだんだよ。

頭使えよ。そんなこと、しなくていいだろ。

人に会えよ。泥水啜ってでも、失敗してでもいいから人と話せよ。人生終わらすなよ。

僕らはもう、いい大人なんだ。

僕らはなんだってできる。だから頭を使うんだよ。

これ以上世間に顔見せなんてしなくていいだろ。

もう十分苦しんだろ。もう十分目立ってきただろ。

余計苦しむつもりか?

 

 

僕の同胞は、色んなところで傷ついて、色んなところで除け者にされて、色んなところで糾弾されているよ。

そして僕らはまた、いい具合に人々に利用され、使い捨てられる。

できないことの何かの言い訳を探すみたいに、ある時点でうまい具合に利用されて、必要なくなったらポイ捨てなんだ。

そいつら、きっとうまくいった頃には僕らのことなんて忘れてると思うよ。

だけど、僕らは君たちのことを絶対に忘れない。

だからあいつは狂っちゃったんだ。

お前らのせいなんだ。

 

 

ねえママ。僕、上手にできないのに、うまくできるフリをしているよ。

本当は嘘ばっかりついてる。でも誰も僕を見破ってはくれないんだ。

だからこそ僕は、とてもまともに暮らせているよ。

破滅と果てしなく近いところで、ずっと毎日を生きているよ。

でも友達がたくさんいる。本当に仲の良い友達。世の中、くだらないやつは本当に多いけど、友達だけは僕のことを分かろうとしてくれるよ。楽しいよ。

 

そんなこと、あんたにできるわけがないってママは言うと思う。

でもできるんだよ。

今までの人生で起こった出来事なんかをサンプルデータとして、それを分析し、何が適当な対応なのかをマニュアル化して現実世界で実行するんだ。

そうすれば誰も怒らない。誰も不快にすることなく暮らせる。友達もできる。

これをうまく運用できるようになるまでえらい時間がかかっちゃったけど、僕は今とても幸せに暮らしているよ。

 

だからママ。僕はもうママは必要じゃない。

病院も、お薬も、もう必要ない。

僕には頭がある。何か抽象的な物事からある教訓を引き出すことだってできるし、色んな体験から何が適切な対応なのかを考えることもできる。

更には習慣がいつしか癖になって、もう病気がほとんど病気じゃなくなることだってある。

 

 

だから人生終わらすなよ。

散々負けてきたろ。

もうこりごりじゃないのかよ。

悔しいだろ、見下されるの。

できなさすぎて散々嫌な思いしてきたんじゃないのかよ。

人殺して、自殺して。そんなのできないやつがやる代表格みたいな行為じゃねえかよ。

自分で勝手に白旗あげるなよ。

強くなりたくないのかよ。

テレビが悲しいだろ。こんな風に騒がれるのは胸が痛いだろ。

自分を拾ってくれた人たちに何も言えなくなるだろ。

 

だから今度会ったらそっと励まして欲しい。

そしてできるなら、少し祝って欲しい。

「これからもそのままで。」

そしたら話したい。

分からないかもしれない。

でもそれでいいと思うし、それがいいと思う。

例えば発達に問題があるとして。

ただの異文化交流なんだから。

 

 


▲THE NOVEMBERS "今日も生きたね" ▲

 

 

 


電車に乗っている。僕の視線の先にある鏡が、眼前の乗客の頭上を超えたところにある一部分で、僕の姿を、僕の顔を、僕の目を、僕の鼻を、映している。

それに僕は安堵する。

僕が僕であることに、そして僕が僕の味方であることに、僕は大きく安堵する。僕の心は、きちんと僕の体と存在しているのだ。

電車は必ずどこかへと向かっている。僕はどこかにずっと立ち止まっている。乗客は、みんなは、もっと、もっともっとちゃんとしている気がするんだ。

「あなたに出会えよかった。」

乗客が、なんだか僕のことを見ている気がする。

電車の音が異様に大きく聞こえる。

僕は誰かに見張られている気がする。

僕は誰かに笑われている気がする。

「なんでみんなと同じことができないの。」

幼稚園の先生は僕と同じ目線になるように、少し屈んでそう言った。

「あなたが大好きよ。」

晴れやかな家族。

僕はもう何も信用できない。

僕はもう何も信用するまい。



人に笑われることが多い人生を送ってきた。

楽しいという気持ちは、楽しいと思わなければならない義務の過程で生じる気持ちであるように思える。

それでも僕は、たくさんみんなと笑った。

でも笑わなければならないから笑うのであって、僕は自分が一体どこに面白さを見出して笑っているのか、根本的なところを探しても全く見つからなかった。

僕はそれを人生だと諦めた。笑うから楽しいのだ。

でもあなたは、それを病気と呼んだ。

病気。

何にもなれないお馬鹿さん。

みんなの笑い声が、罵声とともに耳元で徐々に大きくなっていく。そしてそれは、大人になると言葉尻や表情に取って代わって、僕をどんどんと貶めていく。

僕は笑う。

そして僕は、どんどんと裏切られていく。

僕は笑う。

虐げられていく。

貶められていく。

いつも変わらずに、昔の姿のまま、僕は手のひらで転がされている。


ああ、大人になった。なんだか言えないことの方が増えていった。恋人よ。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音



家の近くで火事があった。発火の原因は分からないらしい。

人々が咳き込む音が聞こえる。

「あなたが一体何を考えているのか、私には分からないわ。」

だから僕は火事の現場まで歩いてみた。

遠くの遠くの景色が見てみたくて、僕は少し歩いてみた。

サイレンの音が次から次へと聞こえるその場所へ。

煙が上がっているその場所に。

僕はどこまでも自由になりたかった。

周りを覆う一酸化炭素が、僕の体から力を抜いていく。

引き留める声が聞こえる。

自由になる。

引き留める声が聞こえる。

体の力が抜けていく。

自由になる。"あなたの文章は意味がわからない。"



楽しくないことは罪なことだとあなたは言った。だから僕は職を辞めた。

それでも生きていいとあなたは言うから、僕は生きることにした。

僕を救うのは、友達でも、家族でも、恋人でもなく、芸術そのものだ。

悲しい時に走る筆だけを、悔しい時に鳴る音だけを、僕は信用する。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

楽しくないことは罪なことだ。神様、楽しくないことは罪なことだ。

だから僕は手放す。

だから僕は自由になる。

さようなら。さようなら。

「あなたの文章は」

さようなら。さようなら。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音


ああ神様。

神様。

悪い冗談に意味はないわ。私の文章みたい。

笑って。もっと話しかけて。

神様。神様。