名前をつけてください

なにもないよ


電車に乗っている。僕の視線の先にある鏡が、眼前の乗客の頭上を超えたところにある一部分で、僕の姿を、僕の顔を、僕の目を、僕の鼻を、映している。

それに僕は安堵する。

僕が僕であることに、そして僕が僕の味方であることに、僕は大きく安堵する。僕の心は、きちんと僕の体と存在しているのだ。

電車は必ずどこかへと向かっている。僕はどこかにずっと立ち止まっている。乗客は、みんなは、もっと、もっともっとちゃんとしている気がするんだ。

「あなたに出会えよかった。」

乗客が、なんだか僕のことを見ている気がする。

電車の音が異様に大きく聞こえる。

僕は誰かに見張られている気がする。

僕は誰かに笑われている気がする。

「なんでみんなと同じことができないの。」

幼稚園の先生は僕と同じ目線になるように、少し屈んでそう言った。

「あなたが大好きよ。」

晴れやかな家族。

僕はもう何も信用できない。

僕はもう何も信用するまい。



人に笑われることが多い人生を送ってきた。

楽しいという気持ちは、楽しいと思わなければならない義務の過程で生じる気持ちであるように思える。

それでも僕は、たくさんみんなと笑った。

でも笑わなければならないから笑うのであって、僕は自分が一体どこに面白さを見出して笑っているのか、根本的なところを探しても全く見つからなかった。

僕はそれを人生だと諦めた。笑うから楽しいのだ。

でもあなたは、それを病気と呼んだ。

病気。

何にもなれないお馬鹿さん。

みんなの笑い声が、罵声とともに耳元で徐々に大きくなっていく。そしてそれは、大人になると言葉尻や表情に取って代わって、僕をどんどんと貶めていく。

僕は笑う。

そして僕は、どんどんと裏切られていく。

僕は笑う。

虐げられていく。

貶められていく。

いつも変わらずに、昔の姿のまま、僕は手のひらで転がされている。


ああ、大人になった。なんだか言えないことの方が増えていった。恋人よ。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音



家の近くで火事があった。発火の原因は分からないらしい。

人々が咳き込む音が聞こえる。

「あなたが一体何を考えているのか、私には分からないわ。」

だから僕は火事の現場まで歩いてみた。

遠くの遠くの景色が見てみたくて、僕は少し歩いてみた。

サイレンの音が次から次へと聞こえるその場所へ。

煙が上がっているその場所に。

僕はどこまでも自由になりたかった。

周りを覆う一酸化炭素が、僕の体から力を抜いていく。

引き留める声が聞こえる。

自由になる。

引き留める声が聞こえる。

体の力が抜けていく。

自由になる。"あなたの文章は意味がわからない。"



楽しくないことは罪なことだとあなたは言った。だから僕は職を辞めた。

それでも生きていいとあなたは言うから、僕は生きることにした。

僕を救うのは、友達でも、家族でも、恋人でもなく、芸術そのものだ。

悲しい時に走る筆だけを、悔しい時に鳴る音だけを、僕は信用する。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

人間は裏切る。

僕は何も感じない。僕は人生を感じている。

楽しくないことは罪なことだ。神様、楽しくないことは罪なことだ。

だから僕は手放す。

だから僕は自由になる。

さようなら。さようなら。

「あなたの文章は」

さようなら。さようなら。



amazing grace

how sweet the sound

私は目が見えないの

神様、それでも見つけたわ私

私は見つけたの

悪人になんかならないわ

だって私は見つけたから

私を救うもの

神様、あなたはなんて素敵な

あなたはなんて素敵な

甘い音


ああ神様。

神様。

悪い冗談に意味はないわ。私の文章みたい。

笑って。もっと話しかけて。

神様。神様。